これでブログ更新は最後かと思います。
高齢で不妊治療に励んでいるご夫婦に敬意を送り幸運をお祈りいたします。
私の例では最高齢の卵子のみが出産まで超えれる強さを持っていました。
身体を暖めたり, 身体に良い事に努めて来た8年のお陰でも有るのかどうか, この辺は正直分かりません。躍起に続けていた鍼も出産にこぎ着けた今回, 初期で辞めました。
"仕事を辞めないと身体が赤ちゃんをはじき出そうと流産するよ" という言葉には納得できず, 仕事は36週までしっかりやりました。
(38週での帝王切開出産です. 最後まで逆子でした...)
お酒はしこたま飲んでいました。
主人と気晴らしの旅行も沢山しました。しかしいつも "傷心旅行" だったので、周りが言ってくれる様な "夫婦二人の時間なんて子供産まれたら持てないんだから今楽しんで! 羨ましいくらいだよ" などの言葉は全然響かず, ほぼ毎回悲しい気持ちで旅行をしてきたのが事実です。
お腹の大きい同僚やただすれ違う人にも顔には出さずも嫉妬してきました。タバコをすいながらパーティに新生児を連れてくる同僚には "悪い事が有ればいいのに..." と思った事も有ります。
リフレクソロジーやピラテス, 色々しましたが, 結果出産にこぎ着けた時は何もしませんでした。
帰国しながらの採卵だったのでDrもフェマーラを試す勇気がないとおっしゃっていて, やはり多くの卵を採りたい という治療が優先していました。が, ことごとく流産した経緯を経ての, フェマーラで初めて採った最高齢の卵子に異常が有りませんでした (異常が無い事は, 妊娠して染色体検査をしてから分かった事なので, 移植段階ではただ不安でした。40歳の卵で全滅だったのに42歳で何とかなる様なミラクルが起きるだろうか...と。
ただただ私の卵子が,HMG注射と合わなかったのではないか...と想像しています
自然でいく方法が私達の場合ベストだった という事に尽きるかと思います。
でもここマレーシアで, HMGを大量に使った不妊治療で数回続けることで普通に出産にこぎ着けている夫婦も私の知り合いだけでも数組います。なので, やはり経験を超えて何が駄目だったのかというのを見つけて行くしかないかと思います。
最初の治療のドクターで1回
次のドクターで4回
このあと2つ違うクリニックを訪れ, その一つのクリニックのDrは日本で訓練して来た事を私達に告げた事で, 日本の治療を調べ始める事に成り, 理解ある日本のDrとそれをサポートしてくれるマレーシアのDr達のお陰で, 飛行機での通い治療で授かることが出来ました。
"人の親になって初めて分かる" と同僚に言われて傷ついたことを思い出しながら, でも同時にその言葉の意味を理解し始めながら, でも子供の居ない夫婦には投げかけない様にと思いながら...日々過ごしています。
I must say ...Life is wonderful.











