10週以上経っても自然排出されなかったので吸引手術に踏み切る事になった。
朝早くクリニックに着いて子宮口を開いていく膣薬というのを入れ1時間後の手術の為待機していたが麻酔医が3時間遅刻してきた為, 流産が始まってしまい胎嚢らしきものも出てきた。
急遽クリニックに移動し内診台に上がったら, 出来てしまっていた血塊なども全部出てきた。
出た胎嚢はシンガポールに送って染色体検査をする。2週間待ち。
その後デイケア室で休んでいたら大出血が有ったので看護婦を呼んだら, WOW!!と叫ばれた。
大出血は危険なので…とSyntmetrine注射を打たれ少し収まった。
その後一晩入院することになり医師が夜看に来てくれたときに話したのだが, ここイスラム国マレーシアでは親などに内緒で中絶をする膣薬が普通に出回っていて 赤ちゃんに異常が見つかった場合でも簡単にその膣薬で降ろしてしまう。Partnerとの中絶同意書など要らないし, 薬で排出した後も特に内診できれいになっているか確認をせず炎症させてしまう若い子も多いという。(その時に子宮口を開く薬というのは実際は中絶の薬だと説明を受けた)
普通の中絶の場合, 膣薬1個と痛み止め飲み薬を同時に摂るのだが, 私はすぐ後に全身麻酔を控えていたから医師は私に膣薬4個を入れた為 麻酔を受けずに起こってしまった痛みは人生に稀なレベルでした。その後の清掃も壮絶。
お陰で私の薄い薄い子宮内膜を傷つけずに自然に出てくれた赤ちゃんに感謝しています...今回も好い子でした。
抗生物質も必要ないしどこも引っ掻いていないから回復は早いでしょう...
「そういえばあの麻酔医は3時間も遅刻ということは飛行機か何かで来たんですか?」と嫌味を言ってみたが, 普通に「渋滞に巻き込まれたらしい」という返事。
今回は痛みが酷くて涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をしている私に,看護婦達は
「何回目の流産なの?」
「子供はまだ居ないの? 可哀想…」
「実年齢より若く見えるわね」= ( 私のFileプライバシーを見ている)
「どこでIVFしたの?」
などなど, もう少し元気が有ったら蹴散らして怒鳴り散らしていたであろう…けれど, 余りに痛いのでうなるばかりで言い返せずだったので退院する時にスーパーバイザーを呼びつけて文句を言ってきました。
こういう必要のない傷つきというのがマレーシアでは多すぎて何度遭遇しても慣れないです。
文句を言った所で言い訳するし改善はされない事を分かっているけれどでも言わずにはいられない。
主人がずっとそばに居てくれ 心無い看護婦を寄せ付けない様努めてくれていたけれど, それでもふとしたスキに寄って来て傷つけてくる奴は居ました。
あとトドメの看護婦は胎嚢が出て来た時に呼んだ看護婦…
出たものを見せて「これが組織だから確保して」と頼んだら笑われて「そんなに簡単に出てこないわよ」と言われたので「あなたの判断は要らない。ドクターに見せてドクターに聞きなさい」と命令をした。
やっぱりそれが胎嚢だった。この看護婦はそれを捨てる所でした。もし捨ててたら訴えてやる!
少し時間が経って落ち着いてから母に連絡をしたら
"もう一つ胚が日本に有るようだけど, それを最後にもう諦めてくれないかな。もう痛々しくてみていられない" と言われてしまった。
今回改めて思ったのは、
移植後の過ごし方。今回は移植した日にマレーシア帰国をしました。
移植後の過ごし方は関係無いです、
今回改めて思ったのは、
移植後の過ごし方。今回は移植した日にマレーシア帰国をしました。
移植後の過ごし方は関係無いです、
全然関係ないが, マレーシアの国産車 Perodua の Myvi に6年乗っているが, 今回気持ちの切り替えのためフォルクスワーゲンを購入。
ホンダの Jazz (日本でのフィット)を考えていたけれど日本で120万位で買えるものがここは税金何やらで250万以上になってしまう。だったらフォルクスワーゲンは日本でも安くないか…という高価に対する諦めのつく車を選びました。主人も37歳。もう少し良い車に乗っても好い年齢だと思う。
車のナンバープレートは私の誕生日を選んでくれました。
なんとか私を励まそうと努めてくれているのを感じています。
主人の赤ちゃんが欲しい...








