前回の〝適応したから生きづらくなった〟の続きです。
前回は、生きづらさの例として、
相手の顔色を伺ったり、
相手の言動や態度に過敏に反応したり、
過剰に自分を抑えたり、
過剰な辛さが出てしまう傾向について書きました。
そして、それは子供時代の生育環境に良くも悪くも適応した結果だと書きました。
『子供は我慢が必要な状況では我慢するようになる。いい子が必要ならいい子になる』
子育て中の方は、うちはそんな事ないよ!
という方もおられると思います。
うちの子は言う事は聞かないし、ダメと何度言ってもやるし・・・
それは機能している家庭環境で正常な発達を遂げているからです。
正常に機能していない家庭環境の場合は少し違ってきます。正常に機能していない環境とは何かというと、、、
〝安心・安全のない環境〟
〝一貫性のない環境〟
ではないかと思います。
機能不全家族と言われることもあります。
虐待に近い環境でもあります。
機能している環境
と
〝安全•安心のない環境〟〝一貫性のない環境〟
その違いは•••
求められる事・言われる事をしないと
生きていけないのでは?という漠然とした
〝恐怖や不安〟の有無
ではないでしょうか?
ある事をしたら
毎回怒られ、
しなかったら
怒られない
これは、自分でコントロール可能です。
しかし、機能不全家庭では、一貫性がなく、同じ事をしても親の機嫌一つで怒られたり怒られなかったりします。
これは、自分でのコントロール不可能です。
根底に愛情があり
安心であり、
安全が保障されている中での〝いい子〟と
には大きな違いがあります。
機能不全家庭の場合、
誰かの都合や気持ち一つで、求められる行動や態度が簡単に変わる場合が多いです。
言いかえれば、〝我慢〟し、〝いい子〟であればよいというより、
〝誰か〟の意を汲む、〝顔色を伺う〟必要が出てきます。
〝ありのままの自分〟
でいる事が許されない状況になります。
子供はそこに適応していきますが、
その代償に
安心・安全のなさを抱えていくことになります。
そして、自分と他人との優先順位が逆転していきます
本来•••
人として自分の思いを持つことは許されていますし、
自己主張しても大丈夫だし、
興味を惹かれたことをやっても良いし、
泣いてもよいし、
笑ってもよい
感情を表現することは、自分の生存に影響を与えないものです。
その事を体験的に学ぶことが必要な時に学べなかった影響は、漠然とした不安や恐怖として残っていきます。
成長し、十分な力を持った大人になっていても、根底には自信がなく、人の機嫌や顔色を伺う自分がいます。
幼少期に学んだ考え方や捉え方は良くも悪くも、成人後も維持され、顔色を伺う相手も広がっていきます。
原因を知り、どんな状況下でその影響が出てくるのか、その時にどう対処したらよいのかを一緒に考えていきませんか?
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