アダルトチルドレンに多い「過去と現実の混在」

アダルトチルドレンについて考える際、現実の感情と過去が混在して出てくることが多いなと感じることが多いです


その境界線を明確にしないと何が現実で何が過去の影響なのか分からず、混乱してしまいます


カウンセリングなどの治療の中では、主に過去の影響について話題にし、解消する方向に向かいます


しかし、実際には現実にも目を向ける必要があり、そうしないとそのバランスが崩れてしまいます


  まずは「自分のせいではない」と理解する


自分は悪くない、過去に身につけた・学んだことの影響で苦しいんだ。確かにそうです、間違っていません


ただ、全ての出来事や感情がそうかというと、少なからず現実で生きている以上、完璧にミスのない人生というのがあり得ないのも事実です


この2つのポイントのバランスを取らないと、生きづらさが解消しにくくなります


カウンセリング当初はその2つがグチャグチャに混ぜ合わさり、


何か分からないけど苦しい、辛い。何がそんなに辛いのか聞かれても、漠然としてて分からない状態の場合が多いです


なので、当初は過去の体験や環境からの影響について頭で学ぶ・知ることから始まります


何故苦しいのか分かる、何故苦しいのか説明できる。どんな辛さなのか語ることができるようになる事は、それらを解消していく上で必要になってくるステップです


その部分についてはしっかりと取り組み、自分のせいではないんだという自己理解を深めていきます。


  過去に偏りすぎると見失う「現実の刺激」

こうした作業は時に年単位になることもありますし、ライフワークといってもいいくらいに続けていく必要がある場合もあります


しかし、ある程度その作業をやっていくと、過去と現実が混在して混乱している状態は整理されていきますが、過去に焦点が当たりすぎて、もう一つの現実がおざなりになってしまう場合があります


何らかの感情的な反応が起こっている場合、その発端となる刺激は現実にあります


その刺激によって過去の感覚・感情が反応として引き起こされているのです


過去を扱うという事は反応を扱う事だと思いますが、バランスを考えると現実である〝刺激〟にもスポットを当てる必要があるように思います


  事例で学ぶ:注意を受けた後の苦しみと葛藤


ある架空のケースでお話します


Aさんは長年アダルトチルドレン特有の否定に対する過敏さで苦しんできました


しかし、自身がアダルトチルドレンであることが分かり、誰かに注意されたとしても、それは自分の人格を否定しているのではないという事が分かるようになり、感情に流されないように気持ちをコントロールしています


その結果、瞬間的には大きな感情に襲われそうになりますが、以前のようにどん底にまで落ちる事は少なくなってきました


とはいえ、怒られても全く平気というわけではないので、時に仕事に行けない日もあります


そうすると、昼前に目覚めて自己嫌悪に襲われるのです


「また休んでしまった」「ダメな奴と思われたのではないか」「もう信用をなくしたのではないか」…


これ自体がアダルトチルドレンの反応ですが、これがインフルエンザなどの発熱や体調不良の場合には、ここまでの反応は起こらない事が多いです


自分の中でほぼ全会一致で「休むのが当然」という結論が出されるからです


一方で、注意された事がきっかけで休んでしまった場合、自分の中には反対意見、つまり「出勤した方がいい」と推す自分もいます


その自分は、出勤した方がよい事を知っているし、朝の一歩を踏み出せば次の一歩は楽になり、その日の終わりには達成感や安堵感があることを知っているのです


  内面の声を聞く ― 頑張ることがプラスになる時


何が言いたいのかと言いますと、アダルトチルドレン特有の苦しみに対処していく中で、現実とのバランスを考えるという事は、色んな自分のパーツの意見を聞いていく必要があるという事です


時に「頑張る」という言葉はあまり使わないですが、状況によっては〝頑張る〟ことによるプラス面の方が大きい場合もあるのです




頑張ったことで、自信や状況の変化が起こることがあるからです


ただし、こうしたことは全ての人・状況に当てはまるわけではありません


カウンセリングの中でも、カウンセラーが一方的に判断するのではなく、信頼関係の中で「頑張る方がよい状況か否か」を話し合いながら決めていきます


今回も最後まで読んで頂きありがとうございました


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