前回は、対人関係の〝距離間〟について書きました。
もう少しお話ししたいことがあるので、お付き合い頂けると嬉しいです☺️
《依存と支配》
これが今回のテーマになります。
〝依存〟と聞くと、
薬物依存とかアルコール依存とかが真っ先に思い浮かぶのではないでしょうか?
自分はお酒は飲めないし、
ギャンブルもしないし、
ましてや薬物なんて怖くてやろうとも思えない!
そんな人も多いと思います。
では、家族や友達、彼や彼女と喧嘩になったことがある。
そんな人は結構多いのではないでしょうか?
別に喧嘩する事が悪いことだとは思いませんし、
関係が破綻するような喧嘩でなければ、
お互いを理解する上で、
また関係が深まったり成長する上では必要な通過点でもあります。
今回、ここでお伝えしたいのは、
関係が破綻したり、
自分がひどく傷ついたり、
あるいは相手をひどく傷つけたりするようなレベルの喧嘩に関しての事です。
もしくは、傷つきを恐れて
喧嘩どころか自分の思ったことすら言えない関係性のことです。
つまり、対等ではない〝人間関係〟を
《依存と支配》
という視点で話をしたいと思います。
人が怖い、対人関係が苦手という方の中には、
この〝人間関係〟に関する《依存と支配》のテーマが潜んでいる事があります。
薬物などのモノへの依存はないけど、
ヒトとの事になると、
悩みを抱え続けている人はかなり多いのではないかと思います。
これまで私がお会いしたクライエントさんを振り返ると
全てとは言いませんが
かなりの確率で〝人間関係〟が絡んだ悩みが
多いように思います。
距離間を踏まえた〝人間関係〟
《依存と支配》のない〝人間関係〟は生きづらさから抜け出すために、とても大事な視点だも思います。
たとえば、
距離間が遠い人に言われた言葉と
距離間が近い関係にある人に言われた言葉とでは、
当然、同じ言葉でも心の中の響き方が変わってきます。
テレビの中のタレントさんの言葉、あるいは無関係な人の人の言葉であれば、
大きな感情、〝感情の嵐〟は起こらないと思うんです。(〝感情の嵐〟って何?という方はこちらを参照ください)
また、関係性の遠い人が絶賛され、褒められていたとしても、
そんなに心を揺さぶられる事はないと思います。
しかし、
身近な同僚や仲間が評価され、絶賛されていたとするとどうでしょうか?
自分も頑張ろうとモチベーションが上がるという人、
純粋に凄いなーと自分も絶賛できる人もいると思いますが、
その一方で自分はダメだ
もうここには居れない!
もう自分は誰見向きもしてくれなくなるだろう!
恥ずかしい!
申し訳ない!
あいつだけ褒められるなんて許せない!
等々の感情が湧いて苦しくなる人もいます。
何故でしょう?
ここに人間関係の〝距離間〟や〝依存−支配〟の問題が関係しています。
分かって欲しいとか
理解して欲しい
認めて欲しいなどの感情は
多少なりとも関係が近しければ、誰もが相手に抱く感情だと思います。
更に近い関係であれば、こうした思いが強くなるのも自然な感情で当然のことです。
ですので、そういう思考や気持ちそのものが悪いわけではありません。
問題はその大きさ・深さになります。
つまり、〝感情の種類〟は合ってる
しかし、
〝感情の大きさ〟が現実離れした大きさ
になる場合に大きな苦しみが生まれます。
それが〝依存〟というレベルになると•••
相手への期待度や感情は更に大きくなります。
ひどくなると、
何の言葉やサインも無しで私の(俺の)気持ちを分かって欲しい
分かるべきだ!
理解して当然だ!
という思いにまで膨らみます。
相手が分からないと、怒りや絶望感でいっぱいになり、時にそれを相手にぶつけてしまいます。

依存は麻薬のようなもので、
一度認めてもらうと、
次はもっと認めてもらわないと安心できなくなるばかりか、不安で落ち着かなくなります。
結果行き着く先は、
相手が〝私自身〟になることを期待し、
自分が不安な時には何も言わなくでも分かって欲しい、分かるでしょ?となります。
到底無理な事ですが、あれだけ辛い気持ちを伝えたんだから、分かるはず!!
という思考にはまってしまいます。
ぶつけ方は人それぞれですが、
直接言葉をぶつけたり、
物に当たったり、
LINEやDMで送ったりしますが、その内容も様々です。
怒りを直接の場合もありますし、
悲しみの表現を取る事もあります。
時には、生きていく事自体が嫌になり、

“今マンションの屋上にいます•••今までありがとう”等、絶望感というか相手からしたら脅しのような内容を伝える事もあります。
でもそれは、
相手の反応や言動・行動を〝支配〟
しようとしているから起こることであり、
つまり、相手との関係性に〝依存〟していることの裏返しです。
何故〝依存〟かというと、その人が分かってくれない限り、あなたは落ち着かないからです。
相手に自分の〝安全・安心〟を預けてしまっているからです。
相手との〝距離間〟が近すぎるのです。
もっと言うと近すぎるというレベルでなく、
本来自分が存在して良い
誰になんと言われようと生きていてよい
そういう生存とか安心・安全に関する部分を
人に預けるというレベルで求めてしまいます。
しかし、そういう生存、安心・安全の部分は
誰も触れられないのです。完璧に満たせる人はいないのです。
それは心の深い深い部分にあります。
それが〝心(自分)の核〟という部分です
なので、これは距離間のある、前述のテレビの中の人との間では、そんな感情は起こりません。
他方、そんな事当然で、無理でしょうと分かっている〝冷静な自分〟もいます。
基本的にこうした〝依存〟の問題を抱えている人には、
非常識な人でもなく
まじめで
良識や常識をわきまえた
〝冷静な自分〟がいます。
なので、おかしいと分かっていることを求めてしまう自分(〝小さい自分〟)との間で葛藤が起こりますし、
どうしていいか分からず、

悩みも深くなります。
同じ状況、同じ場面でも〝関係性〟の違いによって、感情の動きが本当に乱高下します。
〝距離間〟が近い人に対して抱いた
現実離れした大きな感情が起こった時、
それを相手にぶつけると
相手はびっくりしますし、
何が起こっているのか分からない場合もあります。
相手はそんなあなたの心境のことなど、全く分からないからです。
宥めたり、
謝ったりしてくれる優しい人もいるかもしれません。
もちろん離れていく場合もあります。
そして、
それらの感情は相手にぶつけまくったり、あるいは一定の時間が経過すると、
自分自身でも〝こんなレベル〟のことで
〝あんなレベル〟の感情が起こったことに、
自分もびっくりします。
もし、相手に怒りをぶつけてしまっていれば、
罪悪感・自己否定感でいっぱいになります。
そして今度は、
嫌われたのではないか等
と見捨てられることへ不安が出てくることもありますし
そんな自分が嫌になり
死にたくなる場合もあります。
そして、人によってはそういう感情を解消しよう、
相手との関係を維持しようとして、
極端に気を遣ったり、
へりくだったりする場合があります。
そうしないと嫌われそう、
見捨てられそうで、

生きた心地がしないからです。
そうして、再度相手への依存と支配の関係
が更に強くなっていきます。
本来、自分の思いを言わずに相手に分かって欲しい
というのは本当に高度な要求だと思います。
そのことをどこかで
〝冷静な自分〟は
ちゃんと分かっています。
でも、〝小さい自分(感情の自分)〟は
ある刺激にさらされると、条件反射のように激しい反応が起こります。
前述の怒り・寂しさ・不安・悲しさ…一言では言い表せない漠然とした感情です。
こうした悪循環を
どうやって断ち切っていくのか、
という事が大きなテーマになります。
依存の問題は高度な要求の問題でもあり、冷静な自分を持ちながらも、感情の自分が刺激されることで悪循環に陥ります。
この悪循環をどう断ち切っていくかが大きなテーマになります。相手に依存しすぎず、自分の感情と距離間を見直すことが、生きづらさの改善の一歩です。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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