せっかくトロントまで行ったので少しだけ観光をしました。

 

メイプルリーフガーデン (Maple Leaf Gardens)

(重厚な煉瓦造りの建物です)

 

モントリオール・カナディアンズとともに伝統あるチーム、トロント・メイプルリーフスのかつてのホームリンクです。

黄色っぽい煉瓦造りがとても印象的です。

1978年、初めてのカナダ旅行では、つたない英語のせいでメイプルリーフスの試合を見損ねてしまった、苦い思い出のある場所でもあります。

しかし、ジュニアの試合を3試合観戦し、カナダのホッケーの基礎を感じることができました。

今、内部はショッピングモールでありながらもホッケーやメイプルリーフスの博物館のようになっているようですが、このときにはまだそういうふうにはなっていなかったと思います。

あの煉瓦造りの建物が壊されずにいるのを知ってとても嬉しく思っています。

 

CNタワー

カナダにはいくつかのタワーがあります。

私は高いところや狭いところが苦手なので、上がる気はなかったのですが、せっかくなので上がりました。

今は東京スカイツリーなどにもあるようですが、透明になっている床というものを初めて見ました。

恐々と足を踏み出しましたが両足は乗せられませんでした。

だって、万が一割れたらどうするんですか!

 

そして、いよいよ試合観戦。

と言ってもこの日は会場でではなく、スポーツバーでの観戦。

今回、楽しみにしていたことがいくつかありましたが、そのうちの一つがレストラン“Wayne Gretzky’s”に行くことでした。

グレツキーが経営にどのくらい関与していたのか知りませんがとにかくグレツキーのレストランです。

住所はBlue Jays Way 99。

言うまでもなくGretzkyの背番号99にちなんだ住所です。

内部はレストランとバーカウンターがあり、まずはレストランで腹ごしらえ。

グレツキーにちなんだ名前がついたいろいろなメニューがありましたが、私が注文したのは”Gretzky’s favorite meatloaf”(グレツキーのお気に入りのミートローフ)。

グレツキーがほんとうにミートローフを好きなのかどうかはどうでもよく、「グレツキーと同じものを食べているんだ!」と一人で浮かれていました。

帰国後も家でミートローフを作ってもらうように頼んでいたほどです。

単純ですねぇ。笑

 

そしてスポーツバーへ。

まだ試合開始まで時間があったので、人は少なく、幸い私はバーカウンターのスクリーンの真前に陣取りました。

この日はフィンランド対アメリカの準決勝。

入店した18時にはガラガラだった店内も試合開始の19時には満員になりました。

ビール1杯だけで試合終了までいましたが、文句を言われることはなく、試合展開に一喜一憂、思い思いにホッケー談義に花を咲かせながら大騒ぎする人たちの中でホッケーに包まれている幸せな気分に浸ることができました。

結果はフィンランドが勝ち、決勝で明日のチェコ対カナダの勝者と対戦することになりました。

 

試合が終わってホテルへ戻るとギボンさんから電話があり、明日のカナダとチェコの練習を見られるとのこと。

しばらく投稿が止まっています。

今回はそのことについて書きます。

 

これまで36回にわたって私のホッケーとの物語を書いてきました。

大きな出来事は今、途中になっているワールドカップ・オブ・ホッケーで終わりです。

今の予定では残すところあと4回です。

もちろん、今でもホッケーは好きですし、ときどき配信サービスで試合も見ています。

先ごろのオリンピックも見ました。

ですから、この4回を終えた後も私のホッケーに対する気持ちを書いてゆきたいと思っています。

でも、今、この4回を書けずにいます。

書くことはあるのに書きたいと思わないのです。

「書きたいと思わない」というよりも、一区切りする残り4回をどう表現したら良いか分からない、今まで以上に気持ちを込めて書きたい、そんな気持ちかもしれません。

 

そして、それ以上にあるのはムートンさんへの感謝の気持ちです。

この4回を終えたら、ムートンさんとの思い出も書き終えてしまう。

それが嫌なのかもしれません。

ムートンさんがどれだけのことをしてくれたか。

そして、それがどんなに私の励みになっていたか。

とても表現できません。

あとの4回のうちの1回はムートンさんに関することです。

それも書きたくない。

書かずにいたい。

書いたらそれで終わってしまうような気がする。

 

 

モントリオールと東京という離れた場所にいながら、ムートンさんが私の中でどんなに大きな存在であったか。

やり取りは手紙かせいぜいファックスか高い料金のかかる電話しかない時代。

今みたいに気軽に話すことはできませんでした。

それでもずっと私の中にいてくれたムートンさん。

日本からわざわざ行っていたからといっても、いつもあんなにしてくれた。

それは、試合や練習を見せてくれたり、チームのパーティーに連れて行ってくれただけではありません。

後からご家族が驚いていたけど、忙しい中、いつも空港まで迎えにきてくれていた。

昼食も夕食も共にしてくれた。

世界中にたくさんいるモントリオール・カナディアンズのファンの一人というだけなのに。

 

この後の投稿を書き終えたとしてもムートンさんの思い出が消えるわけではないのに、なぜ書けないんでしょうね。

私は明日(3月8日)に70歳になります。

そんな年齢になってもいまだに大きな存在であり続けているムートンさん。

テーブルの上に飾ってあるムートンさんとの写真を見ながら、こうしてムートンさんのことを書いているといまだに涙が溢れてきます。

 

人数は少ないけれど、この物語を読んでくださっている皆さん。

決して中途半端なままで終えるわけではないということは知っていてください。

もし、楽しみにしていてくださっている方々がいらっしゃるとすれば、少し待っていてください。

昨夜、オリンピックのホッケー決勝、カナダ対アメリカ戦がおこなわれ、これでオリンピックが終了しました。

この試合は私の中では歴史に残る名勝負だったと思います。

一方で、放送はというと、スマイルジャパンなる女性ホッケーの元選手(?)が解説を務めていました。

話す内容は選手のこともプレーのことも薄っぺらな感じでした。

アナウンサーも何度も同じことしか言わず、ホッケーのことなど知らないんだな、と思いいました。

2回ある休憩時間中はリンクの清掃の模様を垂れ流しするだけで、言葉は一言もありませんでした。

NHK ONEというもので見ていたからでしょうか?

地上放送では何かやっていたんでしょうかね。

せっかくの名勝負になんともお粗末な放送。

これをあるSNSに投稿したところ、名勝負だったので余計なことを聞かされずにむしろ良かった、そんなこと言うならあんたが解説すれば?、スマイルジャパンが世界に通用するようになったから、音を消して見たら?などなど辛辣なコメントがいくつかありました。

これにいちいち反論するつもりはありませんが、ホッケーが今よりもっと注目されていなかったころでさえ、アナウンサーも解説者もホッケーのことをよく知っていました。

一試合一試合丁寧に取材をし、放送していました。

それは日本リーグについても国際試合についても同じでした。

そういう放送や解説を聞きながら私はホッケーの知識を仕入れてきました。

その時代を知らない人たちのコメントなので仕方ありません。

 

ところでスマイルジャパンは世界に通用するんですか?

ちゃんと見たことはありませんが、カナダ、アメリカ、スエーデンなどと比べると、ぜんぜん…

というのが私の印象です。

ただ、例によってマスコミが「スマイルジャパン」などと囃し立てているだけのことだと思います。

NHKはそれに便乗しているだけのように思えました。

 

今の日本は何ごともそれで良いんでしょうね。

日本の女子ホッケーのレベルを冷静に知ることもなく、アナウンサーがホッケーのことを知らなくたって構わない。

ホッケーのことを知りたいとも思わない。

むしろ静かにしていてもらったほうがいい。

ただ良い試合だった、というだけで十分。

 

これはホッケーについてだけではないように私には思えます。

今、名俳優と言われている人たちやお笑い芸人たち。

長く辛い下積みを経てきた人たちが多くいます。

それに裏付けられた見事で深みのある演技や芸。

今、人気がある若手にもそういう人がいるかもしれません。

むしろ、苦労などしないに越したことはありません。

しかし、私には、ただ可愛いから、かっこいいからというだけで歌手や俳優に持ち上げられ、一瞬で消えていってしまう。

そして、同じように次の「タレント」。

それが出ては消え出ては消えしているように見えます。

「だから何?」なんでしょうね。

それで良いんですよね、今は。

演技や芸の深みなど求めていない。

そのときに可愛ければいい。

地下アイドルなるものが流行っているのもそういうことかもしれません。

 

最近は全然見ていませんが落語の世界はどうなんでしょう?

かつての「名人」を「名人」として目標にして研鑽している噺家さんはどれほどいるんでしょうか?

今の若手噺家にとっての目標は誰なんでしょう?

見ていないから無責任なことは言えませんが、「名人」の中身が変わっているんでしょうね。

 

話が飛躍しますが、大相撲。

私はテレビを見ないので、正確なことは知りませんが、最近はやけに横綱や大関が誕生するように見えています。

そして、昇進したものの、ぜんぜん勝てずに引退したり、陥落したり。

安易に横綱にしすぎているんじゃないの?と思ってしまいます。

以前(大昔ですが)は何度も何度も大関や横綱に挑戦し、やっとの思いで昇進したり、あるいは、結局夢を果たせなかった人が何人もいました。

大関で2場所続けて優勝したのだから文句はないはずです。

しかし、この違いはなんでしょう?

 

先のSNSに「寅さんが好き」と書きました。

すると「あの身勝手さには虫唾が走る」「あんな古くさい映画、昭和生まれの自分だって見たいと思わない」などの否定的なコメント。

確かに古くさい映画です。

でも、寅さんだけでなく、数々の黒澤映画も「古くさい」というだけで、もう観られなくなっているのでしょうか?

今の俳優さんたちの目標は誰なんでしょう?

 

ご批判を覚悟で書きますが、なにもかにもが薄っぺらになっている気がします。

でもそう思うのは私くらいなんでしょう。

私が思う「薄っぺら」でいいんでしょうね、今は、そしておそらく将来も。

もうそのころはいなくなるからどうでもいいけど。