昨日、足のご不自由な大柄のおじいさんが、ショッピングカートに覆い被さるように寄りかかりながら移動して来て通りかかり、「すみませんが、どこかに椅子はない?」と僕にお尋ねになられたので、僕は、以前こちらのブログにも書いた、そういう時の為に店に置かれている木製の小さな椅子をすかさず持ってきて、おじいさんに「どうぞ、こちらでごゆっくりお休みになられていってください!」と差し出して、お座りいただいたのでした。
「ありがとう」とおっしゃって、椅子に腰掛け、束の間、休憩していかれるおじいさん。
 見ると、カートに乗せられた買い物カゴの中に、これからお会計なさる物らしい肌着が幾つか入っているご様子。そんなご不自由そうなお体で、ご自身お一人で買い物に来なきゃいけないなんて、大変だなあと、そういうお年寄りを見る度に僕はいつも思います。
 本当にここまでいらっしゃるのが大変だったみたいで、やっと座れて、ホッと一息つきながらも苦しそうに息をしているおじいさん…。

 しばらくして、おじいさんは再び「よっこらしょ」という感じに立ち上がり、「ありがとうね〜」とひとこと僕にお礼をおっしゃられながら、またうちの店を出て、売り場の通路をご不自由なお体でゆっくり去って行かれたのでした。
 そのおじいさんの後ろ姿をお見送りしながら、まだ午前中だったけど、何となく、僕の今日の役目は、これで無事果たせた気がするなあ…とそう思ったのでした。

 
 さて、その次にいらしたお客さまは、お二人とも手に杖をお持ちになっておられ、それぞれ目がご不自由なご様子のご年配のご夫婦です。
 旦那さんは全く目が見えないみたいで、奥さんの方は、少し色や形などが見えるご様子でした。
 長袖のポロシャツを買いたいとのことでしたので、ポロシャツが色々置かれているコーナーへご案内しました。
 奥さんが旦那さんにひとつひとつのポロシャツの生地を触らせてあげながら、それぞれの色やデザインを説明してあげていらっしゃったので、僕もなるべくお手伝いして、それがどんなポロシャツなのか、ご一緒に説明させていただきました。
 微妙な色合いやデザインの様々なポロシャツについて、自分の持てる語彙を駆使して、なるべく正確に分かりやすく、目の前のおじいさんにイメージ出来るように伝えてあげること。
 もしかしたら、自分が今までずっと沢山の本を読んだり、文章を書いたりしてきたのは、このおじいさんの為のこの事の為だったのかもしれない…! と思えるくらい、その瞬間だけは、本当に本当に真剣に、目の前のポロシャツを頑張って言葉にしたのでした。

 それから、おじいさんは、2着のポロシャツをお気に召してくださって、喜んで買ってくださいました。
 お会計レジにお二人をご案内して、ご清算して頂いたのですが、今はカード払いの場合は全て暗証番号をタッチしていただくシステムになっていて、何と、そのような目のご不自由なお客様にも暗証番号を押してもらわなきゃならない、信じられない世の中。
 奥様は旦那さんよりはまだ少し目がお見えになられるようではありましたが、さすがに小さな数字のタッチボタンを確認しながら押すのは難しいご様子だったので、本当は規則違反なのですが、お会計のパートさんがこっそりお客様の暗唱番号を聴いて、代わりに押してあげて清算出来たのでした。なんだか本当にハンディのある人は切り捨てるような世の中になっていて、暗澹たる気持ちにさせられたのでした。

 目が見えない人だって、素敵な色とデザインの洋服が着たい。当たり前のことなのだけど、そうして、おじいさんの着る春物のポロシャツを選ぶお手伝いを一緒にさせていただきながら、胸がジンとしてしまいました。
 だって、おじいさんご自身は、おじいさんがお選びになったポロシャツをお召しになっても決して見ることは出来ないんです。
 でも、ご自身で一生懸命お選びになっておられた、そのご様子が忘れられません。


 ところで、これは、僕の20年来の販売員仲間の友人(今は僕と同じブランドの違うショップで働いています)から聞いた話なのですが、友人が最近店頭に立っていたら、ある女性のお客様が、だいぶ前にうちのブランドで買われたメンズのショルダーバッグをお持ちになり、「こちらのバッグの修理をしていただくことは可能ですか?」とお問い合わせにいらしたとのこと。
 そのバッグは先ごろ亡くなられたお父さまが愛用してくださっていたバッグだそうなのですが、合皮のバッグで、バッグの輪郭をなぞるように同じ色の綿素材の布でパイピングがしてありました。長く使いこんでくださったらしく、そのパイピングの部分だけが、全体的に剥がれてきてしまっていたそう。
 その女性のお客様は、僕の友人が働くショップにいらっしゃる前に、洋服修理の店をあちこち回られたそうなのですが、バッグのパイピングの部分を綺麗に張り替えるのに、三万円もかかると言われてしまい、有料で構わないので、もう少し安い料金で直せたらと思い、そのバッグを購入した、うちのブランドショップを訪ねていらしたとのこと。
 基本的に経年劣化による故障や破損などの修繕は、うちのメーカーはお受けしていないのですが、友人は、お客様のご事情を聴いて、メーカーに電話をして相談したそう。ですが、やはりメーカーとしても、修理店同様、そのバッグを修理するには、いったんバッグの糸を全てほどいて、パイピングをし直さなければならず、修繕は難しいと返答があったそう。
 友人は、仕方なくお客様にご連絡して、お役に立てなくてすみません、と丁寧にお伝えしたのだそうです。
 お客さんのお父さんが長く愛用してくださっていたというバッグ。
 そのお客さんを僕が直接接客したわけではありませんが、お父さんが亡くなられてしまった今、お父さんが本当に擦り切れるまで、ずっと使っていたバッグを、お父さんの為に綺麗に修理してあげたい、とおっしゃられている娘さんのお気持ちを想像して、こちらまで切ない気持ちが伝わってくるような気がしました。
 会えなくなってしまったお父さんの為に、せめて、そういう形で何かをしてあげたいという気持ち、とても理解出来る気がします。
 そして、もしかしたら、そうしている間、娘さんは少しだけ、お父さんの居ない寂しさを忘れていられるのかもしれません。
 いつだって、そんな風に、人がいなくなって、物だけが残されてしまう。
 ご自身が使われてボロボロになったバッグを娘さんがそうして街じゅうを駆け回って綺麗に修理しようとしてくれている姿を、もしもお父さんが天国から見ていたとしたら、お父さんは天国で声をあげて泣いてしまっているかもしれないな、と思うのです。