犬が当たれば棒も歩く

足が棒になる、という言葉もありますね。棒の足が棒になったら・・・同じじゃん!!!


  • 23Apr
    • SEE YOU

      去年、父が亡くなってしまいました。うちの父は、父親らしいことはあまりしてくれなかったし、ほとんど疎遠のような間柄だったのだけれど、それでもそのことは本当にショックで、親が亡くなるということは子供にとって取り返しのつかないことなのだと強く感じました。  父はおととしの暮れに脳梗塞で倒れ、その後もずっと入院生活を続けて、8か月後に病院で息を引き取りました。  その数日前、夢の中で僕は気が付くと実家の居間に居て、いつものちゃぶ台を囲んで母と姉と一緒に楽しそうに話している父の後ろ姿が見えたのです。長袖の茶色いポロシャツを着た父の背中をそっと撫でてあげながら、僕は「お父さん、家に帰ってこれたんだね、よかったね!」と声をかけていました。その時、父の小さな背中を撫でた、あたたかい感触が今もずっと手に残っています。  父が亡くなった後、仕事で店に立っていて、、買い物に来たり、暇を持て余して散歩しているおじいさん達をたくさん見かけるたびに、ああ父にももっともっとあんな風に好きな所に行ったり、歩き回ったりさせてあげたかったな、と心から思います。 そうして、人が好きな場所に出かけたり、好きなように歩いて回ったりする、そういうなんて事のないように思えることが、生きるということなのだと、改めて感じるからです。 父には小さいけれど仏壇を用意して、実家の居間にお位牌と一緒にいつもお花やお菓子をお供えして、残された家族全員で皆それぞれに話しかけたりしている日々だけれど、でも、本当は父はすごくすっかり自由になって、姿は見えないけれど、もうどこにでもいるんだって感じがしています。いたるところに父は居るんです。どんなに遠くにも、ものすごく近くにも。 そして、そんな風に誰かにもう二度と生きて会えなくなった現実を体験して、なんとなく感じるのは、人間の意識というのはやっぱりすごい力を持っていて、たとえば距離や時間とかも超えられるんじゃないのかな?ということです。もちろん、そう思いたいという気持ちもあるけれど、父が独りで入院していた病室の枕元や、父がまだ元気だった頃自転車で近所を走っていたその傍らに、ふと思いをはせれば、思いだけでも行けそうな気が、どうしてもするから。 先日発売されたユーミンの新しいベストアルバムのライナーノーツにユーミンが「亡くなった人の方が、生きている人より会える。想えば会えるから。」とお書きになっているのを読んで、ユーミンも同じことを思っているのがわかって、すごく嬉しかった。 父の四十九日の納骨の日は、真夏のよく晴れた日でした。川沿いにある、そのお墓にお骨を収め、住職さんがお経を唱え始めた瞬間、それまで何処にもいなかった真っ白い2匹の蝶が、真上の方から羽ばたきながらスルスルと降りてきて、父の墓石にそっと停まったと思ったら、またどこかへ消えて行ってしまうのが見えました。 まるで、父か神様が合図してくれたみたいに。

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  • 23Mar
    • Still Crazy After All These Years

      まだ学生で放送作家のアルバイトをしていた頃、バラエティー番組のナレーションを書くためにテレビ局の録音スタジオによく出かけていました。撮影して編集の終わったビデオに構成のスタッフがナレーションを書き、それに合わせて音楽担当の人が適したBGMを附けていくのです。当時ご一緒していた音楽担当の人は明らかに自由業という見た目の30代の男性で、音を付ける機械の前にいつも腰掛けていて、例えばビデオの中でレギュラー出演者がおっちょこちょいな面を見せたりすると「サザエさん」の主題歌などをすかさず附けて、ゲストが何やら怖い話をしたら「サスペリア」の曲を附けたり、そうしてほとんど反射的に各シーンの内容に適した音を選んで映像に吹き込んでいく、という感じでした。まさに職人です。毎日毎日一日中そうやって機械の前に座り映像に音を附けている・・・本当に音楽というものを好きでなければ出来ない仕事、それこそがプロというものなんだなあ!と、まだ学生だった僕は内心驚きながらそう思っていました。 さて先日、J-waveのラジオ番組に数日間、吉本ばななさんがトークゲストとして出演されていたので、毎日楽しみにして聴きました。  ばななさんの文章も作品ももちろん世界トップレベルですが、ばななさんのトークも世界で一番くらいに面白いのでは?と僕は思っていて、ばななさんのお話をお聴きするのも大好きなのです。 ゲスト最終日、ばななさんのいつもながら素敵なお話が終わってしまった直後に何気なく流された曲が、ばななさんの作品やご本人のイメージや雰囲気に本当にピッタリの素晴らしい曲だったので、慌てて調べてみると、ポール・サイモンの「Still Crazy After All These Years」という曲でした。歌詞の内容は悲しい恋をしている男性の歌なのですが、この曲のメロディーとアレンジ、ポール・サイモンの歌声の全てがとても切なくて、あたたかくて、そして何より、ばななさんとばななさんのご本が持っていらっしゃるのと同じ「自由の香り」のようなものが、ゆっくりと空に広がっていくのが見えるような、そんな曲だったのです。 それからすぐにiTunesで購入して、僕はいつもその曲を聴くようになりました。ばななさんのお話や文章を思い出しながら。「自由の香り」を思いながら。  番組でのばななさんのお話もいつもながら本当にプロッフェショナルで面白くて素敵でしたが、そのばななさんのお話の最後にこの曲を選曲したスタッフの人も素晴らしいなあと思います。いや、もしかしたら、その人はその時の感覚で何の気なしにこの曲を選んだのかもしれないけれど、きっとそれこそがプロというものなのだろうなあと思うのです。

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  • 26Sep
    • 金木犀

       秋の季節、街を歩いていて金木犀の香りを嗅ぐと、いつも思い出す場所があります。 それは、もう、この世界には存在しない場所です。 僕が通っていた小学校のすぐ近くに古くから建っている都立高校があります。 小学校に通いだしたばかりの頃、鍵っ子だった僕は放課後になるといつも、小学校の門を出て少し歩き、その都立高校のグラウンドに面した大きな金網の隅っこに何故か開いていた人ひとり通れる位の破れ目をランドセルをしょったままくぐり抜けて、高校に遊びに行っていました。 その高校の中に、この世で一番好きな場所があったのです。 それは、開校百年近い高校の、当時はまだ木造だった校舎に囲まれるようにそこに在った小さな噴水のある中庭でした。 校舎沿いにたくさん立ち並んだ銀杏の木々、噴水の池を眺める形に点在していた無数の木製のベンチ、足元には石畳が敷かれていて、その中庭にはネルシャツやジーンズに身を包んだ私服姿の高校生の男女がいつも楽しそうに行き交ったり、ベンチで語らったりしていたのでした。 小学生だった僕から見たら、とても大人びて見えた高校生の人たち。 今となってはあり得ないですが、当時、僕がひとりで、あるいは同級生の友達と高校の中で遊んでいても、世の中が割と寛容というか、別に追い出されもせず、高校生のお兄さんお姉さんが一緒に鉄棒で遊んでくれたり、よく話をしてくれたりしたのでした。 実はその頃、母親がその高校の学食で働いていたので、ひとしきり遊んだ後は、校舎とは別に建てられたかなり広い学食に行くと、いつも母親がカレーとかうどんとかを出してくれて、高校生と一緒にテーブルに座っておやつ代わりにそれらを食べていたのでした。 いちばん楽しかったのは、毎年秋に開催された学園祭のときです。 当時のその高校は、高校というより大学のキャンパスに近いものだった気がします。 校舎や庭のつくりもしかり、運動部だけじゃなく高校なのに文化部がものすごく活発に活動をしていて、漫画研究会とか、映研とか演劇部とか、今振り返ってみても、すごくレベルが高い感じで、学園祭ではそういったものをたくさん見せてもらえて憧れたし、銀杏の葉が敷き詰めれて、どこからか金木犀の匂いが漂ってくる中庭は、お祭りの活気に包まれて、ますます素敵な雰囲気だったのです。 あの広い木造校舎も本当に素敵だったなあと今改めて、そう思います。 古いからところどころ鬱蒼とした蔦の葉に覆われていて、長い通路を歩くと無造作に美術部の油絵や演劇部の背景のベニヤ板などが置かれていたり、特に雨の日などは木の校舎も通路も中庭も噴水も全てが雨に濡れて、なんとも言いようのない雰囲気が広がっているのを子供心にも感じて心から愛おしく思っていました。 大島弓子先生の初期の学園漫画を読むと、あの漫画の中に登場するキャンパスは、まさにあの当時、僕が高校生でもないのに毎日居させてもらったあの高校のような場所だったに違いない、とそう感じます。  けれど、あの素敵な学園の風景は、僕が中学に上がった頃になくなってしまいました。 老朽化のために全て、丸ごと校舎を建て替えてしまったのです。 アメリカやヨーロッパのようだったあの美しい中庭も、木造校舎も、母親が働いていた学食も壊されてしまいました。  数年後、大好きだったその高校に僕が入学したときには、もちろん昔の風景はこれっぽっちも残されておらず、校舎も冷たい、つまらないコンクリの建物になり、中庭自体がなくされてしまっていました。 ただ、子供のころ、頭をなでたりしてくれたおじさんの先生だけが、まだいらして、何故だか、校門を入ったすぐの場所に犬小屋を建て、犬を飼ってらした。 朝、校門をくぐると犬がいるので、みんなが犬の名前を呼び、犬にもあいさつし、休み時間や放課後には校庭や校舎と校舎をつなぐ通路にそのワンちゃんがいつもうろうろしているので普通に撫でたり、話しかけたり、つまりおじさん先生が代表して直接面倒を見てはいたものの、その学校自体がみんなで一匹のワンちゃんを飼っていたのでした。 そして、おじさん先生は園芸部の顧問だったので、真新しい、植物もまだ少なかったそのコンクリだらけの校内のあちこちに、花壇を作り、毎日コツコツ植物の世話をしていたのでした。 なんだか、その風景もまた、いま振り返ってみると、大島弓子先生の漫画の中みたいだなあとそう思います。 もしも時間旅行ができるなら、真っ先にあの当時のあの学園の中庭に行ってみたい。そして、あの大好きだったベンチに腰掛けて、あの時の高校生たちにもう一度会ってみたい。小学生の子供が高校の庭で遊んでいても何も言われなかったあの時代のあの素敵な場所で、もう一度、金木犀の匂いのする風を思い切り吸い込んでみたいなあと思うのです。  

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  • 20Sep
    • たすけてあげる

       地球はいま2万6千年周期のエネルギーの変革の時期が来ていると言われています。そして今年の6月からいよいよ本格的に「統合の時代」に入ったそうです。その影響かどうかはわかりませんが、去年からUFO以外にも少しずつ不思議なものが見えてくるようになりました。 たしか去年の秋の終り頃のことです。ある日お風呂に入っていて、たまたますごく疲れていたので、湯船に浸かりながらついため息が出てしまい、「なんか(人生に)ちょっと疲れた気がする…」と心の中でマジで(笑)そう思ってしまった瞬間、突然、アラジンのランプの精、というより、とても鮮明で大きなデジタル画像のような人の姿とその背景がくっきりと目の前に浮かび上がって現れたのです。 顔も、服装も、その周囲の風景もはっきり見えます。たぶん中世の時代、欧米の上流階級と思われる男性、30代くらい、お屋敷の広間のような場所に立っていて、こちらを振り返った姿勢でじっと見つめている、目鼻立にちょっと特長のあるその顔も写真のように鮮明に見える。 その人は或る名前を名乗り、「私はあなたの過去世のひとりです。私の人生は何もかもが面白いくらいに上手くいきました。だから、あなたをヘルプしてあげましょう」と言ってきたのです…。 え? 何これ?何が起こってる?そう感じながら頭の中が真っ白になっている間に映像はスーッと宙に消えていきました。 「本当は時間というものは無いから、過去世と現世と来世はいつも隣り合わせに平行して同時に起きていて互いに影響し合っている」ということは頭では理解しているつもりだったけれど、実際にこんな風に過去世の自分がアクセスしてくることがあるのかな? とビックリしました。 その人が名乗ったのは初めて耳にする名前だったけど、お風呂を出てからネットで調べてみたら、本当にその名前の人が18世紀から19世紀のイギリスにいました…。それも、その人は伯爵名を名乗ってきたのでしたが、さらに調べていくと本名の姓はなんと「パーシー(このブログでも使っている僕のニックネーム)」…。 実はこの出来事についてはあまりにも突飛だし、何となく他の人に話したり、書いたりしてはいけないような気がずっとしていたのですが、昨日の朝何故だかふとお許しが出たような気がしたので、こうして書くことにしたのでした。 このところ言葉もなんとなーく聴こえてくるのですが、ブログに書くことで(エネルギーの)円ができるので僕にとってそれは良いことだと、僕の過去世のその人が言ってるのが昨日の朝、聴こえてきたのです。 それが本当にその人なのか、そして過去世の人物が本当に実在したのか、何もかも確認のしようがないのですが、ただ、あの瞬間、目の前に実際に立っているかのようだったあの人の癖のある顔と、真っ直ぐこちらを見つめていたあの瞳と、つかの間湯船の中からじっと見つめ合った記憶だけが、どうしてもずっと忘れられないのでした。

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  • 16Sep
    • カーテン

       今働いている店の近所には中国の人々が沢山住んでいるらしく、売り場のレジでも中国の人が何人も働いているし、うちの店にも時々中国の人が服を買いに来られます。 中国の人は日本の人とは色や柄の好みが少し違うのですが、接客の経験を重ねるごとにその辺もなんとなくわかるようになってきたので、中国のお客様がいらっしゃると、中国の人たちが好みそうなものをさりげなくお勧めするようにしています。 つい先日も年配のご夫婦が来店されました。いつものように最初は日本人と思ってお声かけしたのですが、言葉がたどたどしく、奥さんの方はそれでもある程度日本語が話せるようでしたが、伴われたご主人の方はほぼ中国語しかお話になれない御様子でした。 旦那さんのポロシャツを奥さんがお選びになるのをお手伝いして、人気商品の中からその位のお年の中国の方が好まれそうなポロシャツをお勧めすると、奥さんもそのポロシャツをとても気に入ってくださって、旦那さんに試着させていいかと尋ねられたので、もちろんどうぞ、と試着室にお二人をご案内しました。 旦那さんはご病気で右半身が少し麻痺しておられるので、着替えを手伝うため、奥さんも旦那さんと一緒に靴を脱いで試着室にお入りになられました。二か国語で冗談をおっしゃっている奥さんと笑いあいながら、試着室のカーテンを閉めると、閉じたカーテンの足元にお二人の脱いだ靴がかすかに互い違いの方向を向いていたので、いつものように反射的に靴の向きを整えました。ご夫婦同様、仲良く寄り添っているように見えるお二人の靴。 いつもそうしてお客様の靴を整える瞬間、まだ新しい靴や履き古された靴、様々な大きさの様々なデザインの靴を目にするたびに、靴が何かを言っているような、靴にその人の暮らしや人生をほんのちょっとでも垣間見てしまうような感じがして、人として、いつも何だか少しだけ胸がきゅんとしてしまうのを感じます。 これまで販売員としてこうして試着室の前で整えたお客様の靴を数えたら、いったいどのくらいの数になるんだろう?と時折ふと考えたりもします。たぶん何百、何千という数かもしれません。数えきれないほど大勢の人と数えきれないくらい沢山の靴です。 まもなくカーテンが開いて、ポロシャツを試着された旦那さんと、速やかに着替えを手伝った奥さんがニコニコしながら立っていました。濃い紺地に白い格子がらのポロシャツは、少しアジアンテイストな雰囲気もあって、旦那さんにとてもよくお似合いでした。 奥さんも満足そうなご様子で、「主人もこのポロシャツがとても気に入ったようだから、こちらをいただくことにします」と少したどたどしいイントネーションでおっしゃって、再びカーテンが閉じられました。 楽しい買い物のひと時、ニコニコしながら並んで立っているご夫婦の前で優しく閉じられたカーテンは、きっといつもそうしてお体がご不自由なため身の回りのことを奥さんに手伝ってもらっている旦那さんと、毎日献身的に手伝ってあげているのだろう奥さんのことを外界から柔らかく隔てて守ってくれているみたいでした。 カーテンって、扉と違って鍵もないし、柔らかいし、お互い任意で開け閉めできるからいいなあと思います。例えば国と国との間も「国境」などという、いかつい堅苦しいゲイトじゃなくて、いつの日かこんな風に優しいカーテン越しに違う国の人々がニコニコ笑顔を覗き合える日が来たらいいのになあ、と思ったりするのです。

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  • 04Jul
    • 手のひらの虹

       不思議な出来事というのは誰にも時々起こると思います。 そんなに大きなことでもない、心の中でちょっとだけ「あれ?」と思うくらいの小さな小さな、不思議なこと。 例えば僕の場合を少し振り返ってみると、ある朝、街角に立っていたら、目の前に1枚の白い羽根がゆっくりと舞い落ちてきたことがありました。頭上を見上げると曇り空があるだけで電線も木の枝も鳥の姿もありませんでした。ただ、僕の足元にどこから来たのかわからない真っ白い羽根が落ちていただけです。 あるいは、また別の日に、数日前にライブを観に行ったばかりのバンドのメンバーたちが、そのライブがあった場所から遥かにへだたった全く関係ない街の雑踏の中で僕の目の前を通り過ぎていった、なんてこともありました。 どうしてだろう? どういう意味があるんだろう? 以前は、そういった不思議なことがあるたびに、気が付くと、反射的にそんな風にその意味について考えてしまう自分がいました。 でも、いくら考えてもそういった出来事の意味なんてわからないし、不思議体験に限らず、日々、または人生の出来事に意味を見出そうとしてしまうことが本当は人を苦しめているのかもしれないということに或る時気づいてから、「意味」について考えるのを僕はもうなんとなくやめることにしました。 だから、今は不思議なことが起きても、「ああ不思議だった!」「なんだか面白かった!」と思うだけ、です。 さて最近、後から振り返って、あれは「虹の日」だった・・・、と思う1日がありました。 その日の朝、用事があって出かけるため、いつものように住んでいるマンションの玄関を出ようとしたら、マンションの入り口のガラス張りのロビーの玄関ホールが、ガラス窓越しに差し込む日差しを浴びて、虹のような七色の光でいっぱいに満たされていたのでした。そのマンションに住んで10年になりますが、それは初めて見る光景でした。誰もいないロビーいっぱいになぜかきらきら輝いている眩いばかりの大量の虹の光。まさしく、建物の中の虹です。ただのガラスの反射だけとは思えないこの光は、いったいどこからどうやって来てるんだろう? 見たことのない不思議なその光景、思いがけず飛び込んでしまった綺麗な虹の世界にしばらくぼーっとなってその場に佇んでいた僕は、そのうち用事を思い出して、名残惜しく思いつつも、慌ててマンションを出てバスに乗ったのでした。 そして、あちこちで用事を済ませた後の夕方、帰宅する途中で近所のクリーニング店へ、頼んであったカーテンを受け取りに行きました。 店に入ると忙しいのか店頭のカウンターには誰もおらず、仕方ないので大声で「すみませーん」と店の奥に向かって呼びかけてみると、少し間があり、奥から小学校に上がるか上がらないかくらいの年齢の小さな女の子がひとり、小さな手のひらに何かを乗せているポーズでニコニコとまっすぐに出てきて、僕の目の前に手のひらを差し出してそこに乗っているものを見せてくれたのです。 小さな手のひらの上にちょこんと乗せられたそれは、カラー粘土で作られた可愛らしい七色の小さなヘビでした。 女の子は手のひらの小さなヘビを差し出したまま「かわいいでしょ?」と言ってニコニコしています。 そんな女の子を追いかけるように、後から現れたお母さんらしい店員さんが僕のカーテンを持ってきて、控え伝票と引き換えに手渡してくれました。 「また虹だなあ・・・」と思いながら、僕は女の子とそのお母さんに笑顔で挨拶して店を出ました。 不思議なシンクロ二シティ。 でも、僕は、もうその事の意味なんて考えず、沢山の洗濯物が雑然と積み上げられた店内で、店の奥からニコニコと笑いながら女の子がまっすぐに僕の前にやってきてその小さな手のひらに乗った小さな虹色の可愛いヘビを見せてくれたその情景、目に移ったすべての美しさ、不思議さとこの宇宙の神秘とを受け止め、驚き、愉しんで、胸の中のアルバムに大切に仕舞ったのでした。      

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  • 05Feb
    • 意識で繋がっている

       僕がUFOをほぼ毎日見るようになって、早くも十年近くが経とうとしています。 最初は自宅の窓から特定の方角の夜空に見えるだけだったUFOは、そのうち、どこの街に出かけようと現れるようになり、やがては昼の空にも見えるようになりました。 さらに最近気づいたのですが、スマホのカメラでUFOを撮ろうとすると、目に見えているUFOとは別に、レンズ越しにだけ、目に見えないUFOが空中を沢山飛んでいるのがわかるようになったりもしました・・・。  いつもやって来るUFOの機体の形は何種類かあります。それらはどれも巨大で、映画の「スターウォーズ」に出てくる宇宙船に割と似ています。おそらく母船と思われる最も巨大なものは東京ドームどころかディズニーランドがすっぽり入るのではないかと思うくらいとてつもなく大きく、その広大な機体が色鮮やかな照明を点滅させながらゆっくりと夜空を渡っていく姿は雄大で異質で美しく、もしもはるか古代の人々がそれを見て神だと思ってしまったとしても無理ないなと感じられるくらいに、この世界の僕たちにとって、それは全くの未知の存在であるのを改めて思い知らされます。 時々、いつものとは違うUFOが見えることもあります。 例えば、ごく最近では、天気の良い午後に近所のバス停でバスを待っている時に、茶色い三角形のUFOが低空飛行で頭上にやってきて、この世界のものとは明らかに違う不思議な銀緑色の強烈な光線を放って飛び去っていくのを見たり、また別の日の夜には近所の公園の上空低くをアニメや生き物みたいにスムーズでとても素早い動きの青いUFOを見たりもしました。 こんな風に、ハリウッドのSF映画の場面さながらの光景を体験するたびに、そしてそんな信じられない物を見ても、自分にはこの現実での生活があるから、その直後でも何もなかったようにスーパーに買い物に行かなければならなかったり、ご飯を食べたり、仕事に行かなきゃならなかったり、最初の頃はそういう非現実的なことを自分の中でどう折り合いをつけていいかわからなくて戸惑っていた時期もあったのですが、時々相談に乗ってもらうサイキックのお姉さんにその戸惑いを打ち明けたら、お姉さんがひとこと「でも、それがあなたにとってはリアルな現実だから、あなたはただその中でやりたいことをどんどんやっていけばいいのよ」と言ってくれたのを聞いて、ああそうなんだなあと思って、ようやくその現実を受け入れることができたということもありました。 そんな風に心から信頼している何人ものサイキックの人達から、そのUFOたちは過去世または来世から僕ともう一度繋がるためにやって来ていると情報を得てもいるのですが、僕にとって、それらのUFOはただ、いつも近くにいてくれる存在という感じです。 さすがに十年も毎日毎日、仕事を終えて外に出ると待機していたかのように頭上を飛んでいて、遠くまで出かけてもやっぱりそこに居て、たまに珍しく見えない時は「おーい」と心の中で呼んで見るとすぐにパッと現れたりというのを繰り返していると、情?のようなものも不思議と湧いてきて、本当に何に例えたらいいかわからない珍しい、でも自分には大切な関係というかコミュニケーションがそこにはあって、いつの間にかそれらのUFOが自分というものの一部分になってしまっているのを感じます。 いつだったか海外のUFOコンタクティの人が書いた本を読んでいたら、ひとつ、とても共感できる言葉が書いてありました。それは「UFOと人々とは意識で繋がっている」ということです。そのことは、僕自身、初めてUFOを見るようになってからずっと感じていたことだったので、同じことを感じている人が世の中にいてくれたのが、とても嬉しかったのです。 このことを上手く言葉で説明するのは難しいのですが、UFOの現れ方を見ていると、UFOは僕とまるでテレパシーのような何かで繋がっているとしか思えないのです。  先述の、「呼ぶと現れる」というのもそうですが、例えば、他にもこういうことがあります。 夜バスを降りて自宅に向かって歩き出すと、遠くの夜空にパッとUFOが現れて僕が進んでいる方向にゆっくりと真っ直ぐにやってくるのが見えます。見慣れた景色なので僕は速度を緩めるでも速めるでもなく、いつもの同じ歩調でそのまま自宅への道を歩いていくと、やはりずっと一定のスピードで直線コースでやって来たUFOとある地点でクロスしてUFOがちょうど僕の頭の真上を通り過ぎていくのです。いつもいつも繰り返される、そのこと・・・。 僕の真上に来ることにもしかしたら何か計り知れない意味でもあるのだろうかと思うのですが、僕がいつ、どの道をどのくらいの速度で歩いていくかをあらかじめ全て知っていて、その僕と或る地点でちょうどクロスするように全て計算された動きで、そのUFOが飛行してくるということ。 それは、僕という全存在を把握しているというより、僕自身に直接通じていなければ不可能なことのような気がします。そして僕だけじゃなく、すべての人々とUFOとも実際に意識で繋がっているのじゃないかなと僕は思っています。 もしも本当に僕たちが心の中で思ったり考えたりしていることが、遥かな進化を遂げたどこかの人たちとテレパシーで通じ合っているのだとしたら・・・人間は本当には孤独なんかじゃないということになります。  もうだいぶ前ですが、ものすごく悲しいことがあった時に、夜、家でひとりで泣いていたら、雨天の日には何故だか決してやって来たことのないUFOが、大雨の中をやって来て、僕の家の窓の外にしばらくずっと浮かんでいるのを見て、よけいに泣けてきたことがありました。 もちろん、そんなの、ただの偶然かもしれません。 でも、あの晩、どしゃぶりの雨と涙の中で見たUFOの灯りが、忘れられないのです。

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  • 28Dec
    • CHANNEL

       ある時ふと窓の外を眺めて見ると、いつからか風に木々が揺れ、生い茂った葉や枝がざわめいていて、鳥の群れが羽ばたきながら、その風の中を飛んでいくのが見えたのでした。  その見慣れた光景を見て思いました、そう、それこそが変わらないもの、自然はいつもずっと変わらずにそこに在る、美しくて優雅に、葉も羽根も鳥も時とともに落ち、また生まれ変わり、綿々と続いていく自然。人間も本当は自然の一部、生まれて、空気と水と光と世界をいっぱいに吸い込み、潤い、照り輝き、生きて、やがて生まれ変わる、ただそれだけ、その素晴らしいサイクルの中に安心して寄り添えばいい、大丈夫なのだと。  人間じゃない自然じゃないものになろうとしなくていい、自分の感覚や心に素直に従い、ついていけばいい、だって体はもちろんのこと、自分の心だって何よりもこの自然世界の、「いのち」の大切な部分なんだから・・・。   この冬の初めに、なんとなく、そんなことを思ったのです。 今年観た映画(ホラー映画は除いて)で一番好きだったのは、「奇跡の2000マイル」という映画でした。これは70年代に愛犬とラクダと共にたった一人でオーストラリアの砂漠を横断する計画を立て実行したロビン・デビッドソンという女性がその横断旅行を綴った著書「Tracks」を映画化したもの。オーストラリアの砂漠、アボリジニの人々、70年代のヒッピーカルチャー、ナショナルジオグラフィックのカメラマンなどの背景が個人的に大好きだし、厳しく美しい砂漠の風景の中での、このロビンという人のインディペンデントな姿勢と佇まいにとても共感し胸打たれたのでした。 やはり実在のカメラマン、リック・スモランが当時横断中のロビンを撮影した数々の写真が映画の最後、タイトルバックに映し出されるんだけど、その写真も本当に美しくて素晴らしく、フォトジャーナリズムというものについても改めて考えさせられた映画でした。 ほかの人からどんなにクレイジーに思われても自分のビジョンを追及すること、たとえその旅から恋愛というものをどんなに排除したとしてもなお浮かび上がってきてしまう女というもの男というもの、過去、幼少期のトラウマ、家族、友達、お金というもの、旅、大自然、アボリジニの人々の言葉、動物、子供たち、海、失敗というもの、経験というもの・・・このシンプルな映画の中にそういったすべてが表現されていて、あたかも砂漠で飲む一杯の水のようにそれらがすんなりと観ている人の中に入ってくる感じがしました。 また普通はこういう映画を見ていると、「こんなすごい場面を撮ってやったぞ」「こんなすごいセリフ、演技、映像、どうだ?」という作り手の意図のようなものがどんなに隠してもきまってどこかしらに見え隠れしてしまうものなのだけど、なぜかこの映画にはそういうものが全然ないのでした。たぶん、この原作の自伝と実在する旅の写真をどこまで忠実に映像として再現できるかという割と純粋な精神で作られているからなのかなと思います。なので、この映画はよくあるハリウッド映画のような誇張された抑揚みたいなものはほとんどありません、理想化した人格の人物も出てこないし、ひどい人もひどいこともいっぱいだし、ただ単にリアリテイを追及しているっていう感じ。 そう、だからやっぱり作り手の意図ってすごく重要、見えないと思っていても根っこなわけだから作品の枝葉になってしまうんですね。 あと、この映画を観ながら、なんとなくベルトルッチ監督の「シェルタリング・スカイ」という映画の主人公の女性を思い出していました。「シェルタリング・スカイ」の主人公はモロッコの砂漠の街で身を隠して自分を消そうとしていたけれど、この映画のロビンからも同じ衝動を感じられるような気がしました。「シェルタリング・スカイ」という映画で描かれていたものは本当に絶望的なものだったけど、この映画は背景がヒッピーカルチャーの時代だからか基本的にハッピーな感じに包まれていて、やはり70年代は素晴らしい・・・とも思ったのです。 この映画を観ていて、何よりも感じたのは、言葉とか都会の文化みたいなものから遠ざかりたい心境の時、というのがあるなあということ。 言葉などいっさい使わず、ただ自分の感覚や気持ちだけを抱いて動物みたいに自然の中に寄り添って過ごしたいという強い衝動のようなものを感じる時ってある。 この映画を観た時、まさに僕はそういう気持ちだったので、そういったことを丹念に描いてあるこの映画にとても癒されたのでした。  さて今年の年末に買った物のひとつが、観逃していた大貫妙子さんのライブDVD「Gratefully yours」でした。大貫さんが20年間続けていたアコースティックライブの最後のステージを収めている本当に素晴らしいDVDなのだけど、一緒に収録されたインタビューがこれまた素晴らしく、ずっと長いこと大貫さんのファンでいる僕も初めて聴くお話しがたくさんあって、とても感激したのでした。 中でも特に印象的なのが、90年代にアフリカ、南極、ガラパゴス諸島などの人のいないフィールドに続けざまに旅をした大貫さんが、「自分の毛穴の中に恐ろしい程そういったものが入ってしまったことに気づき、そちらに扉が開いてしまった」と話されていたこと。「だから都市で生活していてもその扉をいかに閉じないようにしておくかというのが今の自分の暮らし方で、何をしていても自然とのチャンネルをずっと切らないようにしています」と大貫さんは笑顔でおっしゃっていて、とても心に残りました・・・。 たまたま同時期に観たこの「奇跡の2000マイル」という映画と、大貫さんのDVDは、奇しくも同じことを言っているような気がして、しばし自然というものについて深く考えさせられてしまったのでした。

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  • 05Jun
    • ばら色の雲間で会いました

       例えば想像してみてください。 あなたはある日、ふとした拍子に自分が空を飛べるようになっていることに突然気づくのです。 夕暮れの帰り道に見上げた空の三日月があまりに綺麗だったので思わず深呼吸みたいに伸びをした瞬間かもしれない、あるいは、自転車置き場の屋根で丸くなっている知らない猫にそっと手を伸ばした瞬間だったかもしれません。 ともかく、あなたの体はいつのまにかとても軽くなっていて、頭上に向かって視線と意思とを向けるとふわりと浮かび上がるようになっていたのでした。 最初はひとりきりの部屋の中で、それからもう誰も人通りがなくなった夜遅くに近所の大きな公園に行って空を飛ぶ練習をしてみました。なんだかそれは小学生の時に初めて自転車に乗れるようになった時に似ていました。少しずつ距離を伸ばして行って、少しずつ遠くまで行けるようになること。 まずは公園の一番大きな木の天辺まで、次は街一番のデパートの建物の高さまで、それから都心の高層ビルの屋上まで、街明かりを頼りに段階を踏んで鳥のように飛ぶ練習を続けました。 思いのほか飛ぶことは簡単でした。あなたは空を飛んでいる間だけ、様々な考え事や悩み事を忘れて、つかの間の自由を思い切り感じることができました。 あなたがいちばん好きだったのは、銀座のペニンシュラホテルの屋上に腰掛けて皇居のお堀を見下ろすこと、閉園後の横浜の遊園地の大観覧車の天辺に腰を下ろしながら目の前の港に停泊したたくさんの船の明かりを眺めること。 もうだいぶ飛ぶことに慣れてきたある明け方、あなたはすごく早起きをして、空の上に朝焼けを見に行きました。飛行機が飛んでいるくらいの高さなので、ばったりジェット機に遭遇したりしないように気をつけながら、あなたは月明かりの中で小さな雲を通り抜けて遊んだりして、夜が明けてくるのをしばらく待ちました。間もなく、遠くに見える地平線が明るい薄紫色に染まり始め、やがて辺り一帯が綺麗な紫色から何とも言えない荘厳な薔薇色に移り変わっていくのをあなたは見ます。 あなたはその瞬間、そのものすごい色彩の光をを反射しながらどこまでも続いている広大な空を目撃して、やっぱり神様はいるんだ、と心の中で実感します。 あなたは、もうだいぶ前にハワイの島の外れの崖の上から海面の大きな激しい潮流をじっと眺めながら感じた、自然というものの持つ底知れないエネルギーと怖さを思い出していました。 果てしのない空とそこから見える不思議で雄大な眺めにも、つねにそれと同じ怖さとあり得ないような神秘(ミステリー)とが、どこまでもどこまでも追いかけてくるようだったからです。あなたは、あなたがそうして空を飛び回ってきた事が、いつからか地球に触れようとすること、地球を見て観察して周ることだったと知っているのです。 少し離れた向こう側の雲のところに思いがけず人影が見えてあなたは心臓がドキンとします。 自分のことはすっかり棚に上げて、遥かな空の上に人がいるなんて思いもしなかったのです。 もしかしたら、人間じゃなくてもっと怖い宇宙人か幽霊か何かなのではないか?…と思い、急激な緊張の中であなたはもう一度人影の方へ目を凝らします。流れて行く雲の片隅に自分と同じように明け方の空の色に染められた確かな人の姿が小さく、でもはっきりと見えました。 その人はあなたと同じくらいの年齢でアウトドアな感じの服装をして、のんびりとした様子で空を飛んでいます。その人もあなたに気づいて、あなたに向かって一瞬微笑んだように見えました。 あなたもその人に向かって努めて笑顔を送ってみせます。 空を飛べる人間が他にもいたという事実にあなたはほんのちょっとガッカリして、でもその反面、仲間がいたことが嬉しく、色々な情報や体験を分かち合いたいという思いがゆっくりと湧き上がってくるのを感じましたが、でも、今は特に距離を縮めることもせずに、あなたはとりあえず空を眺めるのを続けて楽しむことにしました。 正直に言うと不意に出会ったその見知らぬ人にいきなり近づいて行くことが、あなたにはまだ少し怖かったのです。日本人のようにも見えるけど、もしかしたら外国の人かもしれないし、数十メートル離れた場所で、どうやらその人もゆっくり景色を眺めている様子だったので、あなたもただ予定通りにまた今のあなたを取り巻いている息を飲むような朝焼けの風景に身を任せることにしました。 この世の全ての種類の薔薇の色が含まれているような気がする、夢のような光が空と雲とをどこまでも染め上げています。 あなたは色彩というものの中に既にもう「幸せ」が存在するのを知ります。時間じゃなく光が目の前を過ぎていく。同じ風景はもう二度とないことをあなたは強烈に体験するのです。不思議な色と形の雲の氾濫の中で。 優しい、この上なく優しい、ピンクと紫の混じり合った空をあなたは見つめています。いつもそんな時はそのまま自分が空に溶けていってしまいそうな感覚になります。いっそこのまま溶けていってしまいたい、でもあなたは決して世界に溶けていったりはしない、なぜならそれが生きているということだから…。 朝の大気の冷たさと風をあなたは全身で感じながら、ふと思い出して、離れた場所にいるはずのもうひとりの人の方へ目を向けます。あ、そうだ、この同じ風景を一緒に見てる人が他にも居たのだった、と思い出しながら。同じ風景を誰かと分かち合うということの意味をなんとなく感じながら…。 ちょうどその人もあなたの方を振り返り、なぜかあなたに片手を上げて遠くからピースサインを送ってくるのが見えました。 広大な空と雲の片隅でブンブンと腕を振りながらのピースサインが小さく、でもはっきりと見えています。 あなたは思わず声を上げて笑ってしまいました。この厳粛な空の果てでとても人間くさいその動作が不釣り合いで生々しくてハッとしたからです。それはこの途方もない大自然の只中であななたたちが頭とハートを持っている「人間」であることの紛れもない証しでした。 それから、その人はもう一度手を振って、雲の向こう側へ鳥のように颯爽と消えて行きました。まるでバス停にでも急いで向かうみたいに。 ああ、もう二度と会えないかもしれないのにな、とあなたは思います。でも、また会えるかもしれないんだ、とも思いました。ともかく、思いがけず、誰かと一緒にこの美しい朝焼けの空を眺めることが出来た。 ただそれでいいんだ、とあなたは思ったのでした。 あたり一面に太陽の光が差し始めました。 明日の明け方、また同じ時間に同じこの辺にまた来てみよう! と、あなたはわずかに残った薔薇色の空の美しい片鱗を見つめながら、そう思うのです。 空想話はこれで終わりです。 何となく自分の中に浮かんできたこの小さな物語の中で、空を飛びながら地球が朝焼けの色に染まるのを眺めたり、誰もいないはずの上空で他者に出会ったりすることを想像していたら、なんだかとても心地よくて、バイブレーションがちょっと変わるような気がしたので、ここに書き残そうと思いました。 もしも誰かのベッドタイムストーリーにでもなれば・・・と思います。  

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  • 18May
    • Moonlight

       つい 先日、何気なく入ったレストランで食事をしていたところ、すぐ隣のテーブルに座ったちびっ子男子がものすごい大声で絶叫し始めたのでした。 僕自身は、子どもの声は全然気にならないので、(元気が良くていいことだ!うんうん)と思っていたのですが、でも、本当はほんのちょっとだけ、一緒に食事をしているその子の両親がひと言も「静かにしなさい」とその子に注意をしないのが気になっていたのでした。 案の定、少し離れたテーブルから何処かのおじさんが、その子のテーブルに近寄って来てすごく変な言い方で「公共の場だから静かにさせろ」と言ってきました。それだけ言いはなって自分のテーブルに戻っていくおじさん。 言われたその子の両親はシュンとするでもなく、「はあ?なんだあの野郎!」と怒りだし、「もう食べる気なくした」と言いながらまだ全然食べかけのせっかくの料理を放置したままテーブルを立ち(このこと自体が失礼な気が・・・!食べ物を、そして料理を作ってくれている人をなんだと思っているのでしょう!)、荷物と子どもをだいておじさんのテーブルに行くと夫婦揃って「まだうちの子は3歳だし、わざと泣かせてるわけじゃないから文句言われる筋合いない!」とケンカ腰に声を荒げておじさんを色々罵倒した挙句、ヤクザのように店を出て行ったのでした…。 正直なところ、おじさんのクレームの言い方も含めて、どっちもどっちだし、ただただ嫌だなあ怖いなあという感じだったし、そんなんじゃ、世の中トラブルだらけなはずだよ…と心から思ったのです。 そして、僕を挟んで、その大騒ぎの家族が座っていたのとは反対側のテーブルに座っていた、やはり小さい子供連れのご家族をチラリと見てみたら、間近ですごい騒ぎが起きているのに、ご夫婦と小さい女の子ふたり、誰1人全く騒ぎの方向を振り向くこともせず、ほとんど会話もなく静かにテーブルを囲み、アーミッシュかと思ってしまうくらいに淡々と食事を続けているのでした。まあ、そりゃあそうですよ、この東京で身を守るためには、そうして「見ざる聞かざる言わざる」のポーズをとるしかないという発想も姿勢ももちろんよく理解できます。でも、この大騒ぎの状況でのこの家族の不自然な態度もまた、見ていると、とても違和感を感じるのでした。 そんな時、まるで店で起きているトラブルをかき消そうとするかのように、今までBGMなど皆無だったはずの店内に突然ドビュッシーの「月の光」が流れ始めたのでした。 店の真ん中で客が怒鳴っていても、見て見ぬふりの店員たち。 食べかけの料理が置きっぱなしの無人のテーブル、そしてその隣で静かに静かに脇眼もふらず無言で食事を続けている家族連れ。何もかもを優しく包み込むように「月の光」のピアノ曲がゆっくりと流れている・・・まるでこの顛末のすべてが短編映画か何かみたい・・・と思った夜だったのでした。

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  • 13Apr
    • 不思議な友だち

       前回に引き続き今回も「星から来たあなた」を観て思ったことについて、です(書こうと思っていたことを前回書くのを忘れていたので・・・)。 キム・スヒョン演じる異星人ト・ミンジュンは普段は普通の人間の振りをして街で暮らしていますが、いつも主人公にピンチが訪れる度に超能力を使って救けてくれます。この手の物語は誰もが度々映画や漫画やアニメやドラマ・小説等で物心ついた頃からずっとそこかしこで見聞きしてきたものだと思います。 ワンパターンというよりかは、昔から世界中の人々が心から求めてきた物語のパターン、なのだという風に思います。個人的には文月今日子先生の大好きな漫画「星空の切人ちゃん」と「夏の夜のエイリアン」を思い出すのですが、マーベルコミックスのヒーローや、日本のアニメの魔法少女などにも当てはまりますよね。 どれも皆、不思議な力を持つ友達が主人公のそばにいてくれて、主人公を救けてくれる物語。 これって、突き詰めていくと、もともとの人間の信仰というか宗教的な救済を求めるような心理に結びついてくるんでしょうか・・・?よくわかりませんが、人間にとってのこの不思議な友だち的存在というのは、その他にも、ふなっしーや妖怪ウオッチ、ドラえもん、鉄腕アトムなど、いわゆるキャラクターと呼ばれる存在たちにも当てはまっていきますよね。日本は特にたくさんのキャラクターが昔からうんと作られてきていて、みんな幼い頃から、ずっと無数の愛すべきキャラクター達に囲まれて抱きしめたり寄り添ったりして大人になってきています。どうしてか、どれもほとんどが人間ではなく妖精だったりお化けだったりロボットだったり動物だったり・・・とにかく人間でないものに人格と不思議な力を持たせて、キャラクターにし、人々はそれらを友達のように愛し、慈しんできました。どうして同じ人間でなく、動物やお化けやロボットに人格と不思議な力を持たせる必要があったのでしょう?そして、どうして、人々はそれらを友だちとして選び、いとおしむのでしょう? 答えなんかどこにもなさそうだけれど、よく考えれば、それは、とても不思議なことだなあと思ったりします。   僕にとっての大切なキャラクターは、やっぱり他でもない手塚治虫先生と藤子F不二雄先生のキャラクター達でした。子供の頃、元気な時も病気の時もいつも手元にあった漫画本に「キテレツ大百科」のコロ助や「三つ目がとおる」の写楽くんがいてくれて、僕の気持ちをずっと助けてくれていたのでした。 みんなにとっての、たくさんの素晴らしい不思議な友達たち。  例えば、今までのそういったとても大勢の大好きなキャラクターたちが、目の前に一同に会しているのを想像してみたりしたら・・・なんだかもうそれだけで、ちょっと泣けてくるのでした。

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  • 10Apr
    • 夢の宇宙

       「今いちばん欲しいものは何ですか?」という質問に、かつて心の中でほんの冗談で「スターゲイト!」と思っていたような時期がありました。 実際にそんなものを貰ったら手に負えなくて怖いけど、でもとても憧れます。スターゲイトを通って宇宙や次元のいろんな場所へ行ってみたいからです。   さて、いつだったか「わたしは14歳の頃の心象風景にいつでも戻れる」とおっしゃっていたのはユーミン。 けれど、ユーミンと同じような人は意外と多いのではないでしょうか。 僕が14歳の頃はとにかくレイブラッドベリを始めとする海外SF,光瀬龍先生、眉村卓先生や萩尾望都先生等のSF作品に夢中でした。 その年頃の男子はとかく宇宙ものに惹かれるようで、周囲のクラスメート達は皆ガンダムなんかに夢中だったものです。 当時読んでいたブラッドベリも光瀬先生も「11人いる!」も藤子F不二雄先生の「モジャ公」も果てしのない終わりのない宇宙、銀河への夢にひたすら駆り立ててくれました。 そういう物に惹かれる年頃、だったのでしょうか。 10代の時に貪り読んだあの宇宙SFの世界は今も僕の心の中にひとつの大きなワールドになってはっきりと存在しています。 実はそんな世界のことは正直なところ、時と共に最近は少し忘れかけていたのですが、先日「星から来たあなた」という韓国ドラマにハマってしまい、すっかり思い出してしまいました。 このドラマは僕が一番好きな「僕の妻はスーパーウーマン」「逆転の女王」「棚ぼたのあなた」の脚本家のパクジウンさんが手がけていて、そのパクジウンさんがSFドラマをお書きになったことに本当にびっくりしたし、実際に観たこのドラマはSF作品としても第一級の作品として完成されたものだったので、本当に才能のある人なんだなあと改めて思いました。 韓国には元々九尾狐(クミホ)の女性が人間の男性に恋をするという王道パターンの物語がありますが、今作は男女を逆転させて地球を訪れた異星人の男が地球の女性に恋をしてしまうという話。このドラマの演出をしたチャンテユ監督もインタビューでおっしゃっていたけど、冒頭の宇宙人が初めて地球に降り立つシーンなどは時間とお金をかけてCGが駆使してあってとても素晴らしく美しく、韓国ではこういうSFものは今まで映画でも作られていなくて今回ドラマで初めての試みだったそうです。ものすごく面白くて一気に観てしまいました。 たぶんこのドラマの根底にあるのは眉村卓先生の「なぞの転校生」や筒井康隆先生の「時をかける少女」などのいわゆる日本のジュブナイル小説やドラマじゃないかと思います。思春期の頃にそれらの小説やドラマに夢中だった人は現代の映像テクノロジーを駆使して、韓国というパラレルワールドで製作されたこの新しいSFドラマを観て、きっと胸打たれるのではないかなという気がします。 韓国ドラマのストーリーの本質をひとことで言うと、それは「someone watch over me」ではないかと思います。経済的に貧窮している人のことも、子ども時代に虐待を受けた人も親に捨てられた人も、今どんなに孤独な状況にある人のことだって、必ず誰か素晴らしい人がどこかで見ていてくれるんだという癒しの物語が、いつも様々な設定やキャラクターを使ってドラマになっているように思います。もちろんそれは、ドラマを観ている韓国の人達の潜在的な強い願いが具現化しているのかもしれないという風に考えたりもします。 今回このドラマを観て改めてそんなことも思ったのでした。何故なら、このドラマも、宇宙のどこかで、地球人ではない誰かが、地球で暮らす主人公を見つめている、という物語だったからです。 そしてまた、ファンタジーというものがどれだけ人を癒してくれているかということにも思いを馳せました。 僕が思春期の頃に夢中だったあれらのSF小説や漫画に描かれていた宇宙や銀河は、実際の現実の宇宙や銀河とももちろん違うし、その宇宙と銀河はそれらを書いた作家と読み手の人々の頭と心の中にしか存在しないのです。それはなんて素晴らしいことなのでしょう! 人が造り上げたファンタジーという名の創造物は、本当にすごいものだなあ!と思います。 

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  • 17Mar
    • サムシングプラス

      あるショップでとても気にいったシャツを見つけてレジに向かったのでした。 広い店内の片隅のレジにはスタッフの女の人がひとり居て、速やかにお会計をしてくれた後、僕の買ったその綺麗なグリーンの麻のシャツを丁寧に両手で畳み始めるのをふと何気なく見た時に、初めて気づいたのです。今風のファッションに身を包んだ、まだ若い、明るい笑顔のその女性は右手にハンディがあって右の指はほとんど動かないのでした。彼女は指の開かない右手と、普通に動くほうの左手を駆使して、シャツを畳んでくれ、そのシャツをカウンターテーブルの上でビニールのショップ袋に、やはり不自由な手を一生懸命使って入れてくれて手渡してくれました。あ、自分は今とても綺麗で良いものを見ているなあ、と感じて、さり気なく、でも彼女がそうしてシャツを畳んで袋に入れてくれる様子の一部始終をいつのまにか僕は静かにじっと見つめてしまっていたのでした。 彼女が洋服の販売の仕事を選んでそこに居ること、例え他の人と違っても自分のからだを最大限に使って、店内の明るい照明の下で彼女らしく仕事をしている姿は、ふいに誰かが見せてくれた宝物みたいでした。 僕が気にいって買ったそのシャツは彼女が畳んでくれたおかげで、何かとても良いものをプラスしてもらえたような気がします。 やっぱり、商品に付加価値を与えられるのは他でもない店員なんだっていうことを、改めて確認できたひと時だったのです。

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  • 07Mar
    • ありがとう

      「漫画とは何か?」 そう問いかけられたら、人によっていろんな答えがあるんだろうと思います。 あの手塚治虫先生が初めて漫画というジャンルを築かれた当時、手塚先生は本当はアニメーションを作りたかったのだけれど、その頃はまだアニメ制作は難しい時代だったから、代わりに紙の上に劇映画のように動きのある絵をお描きになられて、それが漫画というものの始まりだったと聞きます。 手塚先生にとって漫画とは、いわば白い紙の上に描かれたアニメーションであり劇映画だったのかもしれません。けれど、漫画は沢山の読者のニーズとともに、時と共にどんどんふくれあがり成長し、進化して、いつしか手塚先生すらも追い越して、とても広大で複雑な存在になってしまいました。  さて、このところ子供の頃にすり切れるほど読んでいた漫画を本棚の奥から引っ張り出して片っ端から読み返しています、手塚治虫先生の「ロロの旅路」とか文月今日子先生の「白き森の地に」大島弓子先生の「夏の終わりのト短調」萩尾望都先生の「アメリカンパイ」等など・・・を久しぶりに読んで、やっぱり感動して泣いてしまいました。   最近の漫画雑誌のページをめくった時にはっきりわかる変化は背景の描かれ方だと思います。 昔の漫画って登場人物の背景にいつも豊かな緑や樹々や空がたっぷりと情感を込めて美しく描かれているものが本当に多かったし、主人公たちの心の動きの表現としても、その情緒というか詩情みたいなものは、ものすごく重要な部分だったと思います。 少年漫画もしかり、少女漫画もしかり。何かあるごとに漫画の中の主人公たちは、日常的に街路樹にそっと手を伸ばしたり額を押し当てたり、空や雲や月を見上げたり、風や雨や雪を振り返ったりしていたものでした。時にそれらは登場人物の夢やインナーワールドと結びついたり、宇宙世界にまで広がって、めくるめく繊細な美しい絵で表現されて、読者である僕たちをも一緒にその詩的な世界を旅させてくれたのでした。 あれは、いったいなんだったのだろう?と大人になった僕は今、考えます。多分・・・それは人が自然世界とひとつになるという行為、みたいなものだったのだと思います。人には本当は食欲や性欲と同じように、そういう欲求があるのかもしれません。だから人は自然の中に出かけていき、山に登り海に潜り、スカイダイビングをし、スペースシャトルに乗り込んで行ったりするのでしょうか。そして、漫画はあの頃そういった自然世界と一体化するという読者の静かな欲求を密かに叶えてくれていたのかもしれないな、と思います。 当時から引き続きずっと描き続けているベテランの漫画家の先生の作品を読むと今もそういった詩情のようなものはちゃんとあります。最近の漫画家の先生でも、五十嵐大介先生や岩本ナオ先生を始めそういった世界を大事に引き継がれて描かれている人は沢山います。 大好きな西村しのぶ先生も新作「砂とアイリス」で、器などの遺跡の発掘調査をしている研究員の人々の日常を通して、土の世界と山々の美しい自然の風景の世界を見事にお描きになられていて、漫画を心から愛する1読者として、とても嬉しいのです。タイトル「砂とアイリス」のアイリスは砂地でも咲く花だそうで、そこに込められた様々な意味もとても素晴らしいなあと思います。 もちろん物事にはいつしも良い面とそうでない面が両方あるし、過去のものだけが必ずしも素晴らしいわけではありません。今の漫画には今の漫画の持つ素晴らしさがあります。でも、あの頃の漫画に満ちていたあの独特なワールド、情緒的世界はいったい何だったんだろうと思うし、すごく好きだったなあと改めて思います。そして、どんな時も素晴らしいものをちゃんと引き継いでくださる人達というのがいるものなんだなあという嬉しい驚きも感じています。 とにもかくにも、あの頃、10代の頃の自分の心を素晴らしい漫画の絵がいっぱいにギュウギュウに埋めてくれていた、そのことに、ありがとう! を言いたいのです。

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      テーマ:
  • 25Jan
    • MYSELF 

       時々お会いするヒーラーの人に「あなたは海外に行くと人格が変わるから、本当は日本にいるより外国に住んだほうが暮らしやすくてラクだと思う」といつも言われます。 サイキックの人の言葉は、いつも或る真実を突いていて、さらに思いもしない発想を含んでいます。 国や文化や風土によって人格が変わる・・・そんなことってあるんだろうか?と思うけれど、その人の性格は、もしかしたら、あらかじめ固まったものじゃなく、本当はもっと自由な、流動的なものなのかもしれないなあと思ったりもします。 さて、去年色々な本を読んだり、色々な人を見たり、色々な出来事を経験する中で、日々なんとなくずっと考えていたことがあります。 それは、「客観的に自分というものを観察して、自分が思っている自分と現実の自分とのギャップに気がつく」ということの大切さ、みたいなことです。 ありのままの本当の自分自身の現状(性格、趣味趣向、得意不得意、経済的な面も含めた状況、環境)を自分でわかってないと、たとえ自分はこうなりたい、こういうことがしたいというビジョンがあっても、その為の次のアクションが本当には踏み出せないのではないでしょうか。なぜなら自分で思っているだけの妄想の自分のままでいくら踏み出しても、現実との段差があって、必ずどこかでつまずいてしまうはずだからです。 いったい自分がどういう構造でどういうふうにできてるかという設計図を自分で持っていないと、自分を自分で使用できないしメンテナンスもできないのかもしれません。 それで、何故自分が思っている自分と現実の自分とのあいだで「ギャップ」ができてしまうかというと、育つ過程で親やいろんな大人たちやメディアの情報を通して、ずっと吹き込まれ、刷り込まれてきた、「人は、男は、女はこうでなければいけない、ある程度のことは何でも出来て、性格も良く、気が利いて、おしゃべりも上手で、親孝行で家族思いで、おしゃれで、情報通で、みんなから慕われて、友達もいっぱい持てて、素敵な恋愛を経験して、素敵な結婚をし、立派に子育てをして、・・・(エンドレス)」という常識という名の幻想のせいだと思うんです。 こうして書き出していくとすごいし、もはや洗脳に近い!と感じるけれど、でもこういうことを大人になってからもずっと耳元で延々アナウンスされ続けるのが今の日本で暮らしていくということのような気がします。 でも、じっとそれらの幻想を見ていくと、だいたい「誰か」の都合の良いようになっていることに気がつきます。企業とか、この世界を操っている人たちの「都合」です。  最近テレビドラマとか映画を見てると特に感じるのですが、例えば朝の連ドラの主人公などをずっと観続けて育つと、人は自分もきっとそういう人なんだとどこかで幻想を抱いてしまうかもしれません。 人はああいうドラマの主人公のような「モデル」とは違うし、そうじゃなくていいんだということが心からわかれば、とにかく今の世の中を生きていくのがすごくラクになるように思います。  自分を客観的によーく観察して、本当のありのままの自分を知ること。 その本当の自分を使って現実というものにアクセスしていくこと。 そうすれば、自分で自分に課していた単なる思い込みの変なモラルと、その制約から自由になれるし、自分が思っている理想の自分とちょっとでも外れたことをしてしまった時の落ち込みや苦しみから、おさらばできる(これすごく重要)。  自分は自分。好きなものと嫌いなものがあって、得意なこととそうじゃないこともあって、良いところとそうじゃないかもしれないところがあって、何でも自分で選んで決めてやっていっていいし、たとえ人から嫌われたって、ほかの人と全然違ったっていい。自分じゃない何かになんてならなくていい。 だって(人を傷つけたりさえしなければ)自分の心の幸せが、本当は一番大切だから。 いつも自分自身のことで大きく迷ったときには、大好きなトーベヤンソンさんがひとりで暮らした、あのものすごく小さな島の小さな家をふと思い出すことがあります。 ほとんど誰も訪れず、社会から隔絶されたあの島のあの家から感じる、ある種の強さ、ヤンソンさんのご自身への愛のようなものに、いつだって、とても憧れます。

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      テーマ:
  • 04May
    • timeless

      こないだ、お天気の良い日に用事があってひさしぶりに田園調布に行ってきました。学生の頃から診てもらっている気功の先生に会ってきたのです。 田園調布は駅の周りに静かな小さい商店街があって、その先に住宅街が延々と続いています。この街は作家の石坂洋次郎先生が住んでらっしゃったので、石坂先生の小説にも舞台として度々登場する街です。 あったはずの店がいつの間にかなくなっていたり、新しい店が出来ていたり、駅の周辺は年月とともにそれなりに色々と変化があるのですが、そんなこの街角に一箇所だけ、不思議な場所があります。 それは、駅前の小さな小さなロータリーの真ん中にある薔薇の花壇です。  素朴な土の上にポツンと背の高い薔薇が植えられていて、僕が学生の頃から、その佇まいが少しも変わっていないどころか、いつだか何の気なしに石坂先生原作の確か「陽のあたる坂道」という映画を観ていたら、主演の石原裕次郎さんと北原美枝さんがその花壇の前で待ち合わせをするシーンがあって、画面に映し出されたそのロータリーの花壇が薔薇の植木も含め今とほとんど変わっていなくてビックリしたことがありました。 たまたま僕がいつもその場所を同じ季節に訪れているからなのだと思うのだけれど、なんとなくその花壇の前に立つといつも薄い色の綺麗な薔薇が咲いているのでした。まるで、その場所だけ時間が止まっているみたいに。 周りの全てが時と共にどんどん変わっていってしまっているのに、そのロータリーの花壇だけが何十年も変わらずに同じ景色としてそこにあること。もちろん不思議でもなんでもなくて、地域の人たちの手によって景観が守られていて、いろんな人たちがその花壇をずっと手入れしてきたに過ぎないのだけれど。 それでも、この場所を通りかかるたびに時間が止まっているみたいに感じられて、そして決まって或る気持ちになります。 例えば遺跡や歴史的な建物などに行った時にも同じような感じを受けるのですが、そういう時間の止まった場所にいると、自分自身と自分の持っている時間が際立って感じられるというか、時間のない感覚の静けさに包まれて自分の意識の声がはっきりと聞こえるようになる気がします。そして、不変のものがあるということに自分の中の何か大きな部分が癒されるのです。あくまでも想像ですが、宇宙飛行士たちが宇宙空間に行くと、こういう感覚のもっと拡大された感じを体験できるんじゃないかなあと思ったりします。時間がなくて、自分の意識だけがそこにあるみたいな感じ。だから、変わらないものって、要するに自然っていうことだと思うんです。 本来は海辺や森などの自然がそういうことの役割を担っているのだけれど、都会ではどんどん自然が壊されていってしまっているから、昔からの場所や風景を保存していくのは、そう言う意味でもとても大事な事のような気がします。 世界のすべてがどんどん変わっていくから、変わっていないように感じられる場所はこれからもっと貴重になっていくように思います。 なぜだかとても懐かしいロータリーの小さな薔薇の花壇は、今日もまた誰かが待ち合わせに使っているのでしょう。 その日、数年ぶりに会った気功の先生は、すっかり引き締まりスリムになって、いつのまにか小さな老人になっていました。

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      テーマ:
  • 15Feb
    • 涙と笑顔

       販売の仕事をしていて、いちばん嬉しいのは、いいお客さんに会えて、そのお客さんが満足してお帰りになられるのをお見送りすることです。 売上より何よりも、今日も素敵なお客さんとお話できてよかったなあ、服を選ぶのをお手伝いできて嬉しかった、と思います。 さて、ショッピングモールで働いてみて気がついたことの一つは、あの大きなショッピングモールが病気の人たちのリハビリの散歩コースに使われているということでした。 外の天候にも左右されず、常に温度調節がなされ、色々なショップが並んでいるからそれだけで楽しく、疲れたらいつでも休める休憩所やベンチやカフェがたくさんあるモールという場所は、お年寄りや病気後のリハビリを必要とする人たちの毎日の散歩コースとして絶好の場所なのだということを初めて知りました。 僕の働いている店と店の前にも、そういった散歩に来るお客様が毎日たくさん来られます。 必ず午前中に杖をついた奥さんに旦那さんが寄り添って、とてもゆっくりとした歩調で店の前の同じ道の同じコースを通っていかれる年配のご夫婦がいらっしゃるのですが、そういう方たちが本当にいっぱい散歩をしに来ていらっしゃいます。 うちのお店のレディースのコーナーにいつも来てくださる親子連れのお客様もそういったお客様のひと組です。 そのお客様はうちの店のレディース担当のスタッフのKさんのお得意さんで、杖をついたおじいさんとそのお嬢さんが、いつも2週間に1度くらい来店しては、お嬢さんの服を買ってくださいます。そのおじいさんは体がわるく、少しでもリハビリをするためにお嬢さんと一緒にショッピングモールに散歩に来てはうちのお店でお嬢さんに欲しい服を買ってあげるというのを散歩コースにされているのでした。お嬢さんももうかなりいい歳の大人だし、服なんてもちろんいくらでも自分で買えるのですが、そうしてお父さんに毎回そんなに値段の高くないカットソーを買ってもらうことをある種の親孝行としているようでした。お店にも気を使ってくださっているんだと思います。いつも父親であるおじいちゃんに服を買ってもらいお帰りになる際、店頭でお見送りする僕たちの前で、お嬢さんは杖をついて歩き出すおじいちゃんに寄り添いながら優しい声でこんなふうに言います。「さあ、おじいちゃん、またKさんに会いに来てわたしに服を買ってちょうだいね・・・」 おじいちゃんはいつも水戸黄門のように、もしくは人懐っこい少年みたいにニコニコしていて、いつも来店すると試着室の前に置かれたベンチに腰を下ろして、お嬢さんが嬉しそうに服を選ぶのをニコニコして眺め、お嬢さんが「これ、ど~お? おじいちゃん」と選んだ服を見せると、「おお、いいね」とか「お前が好きなものを買いなさい」などと笑いながら答えます。 でも、お嬢さんが一人でご来店されることも、時々あります。いつだかも、ひとりでご来店されたので、どうされたのかお尋ねすると、「おじいちゃんが具合が悪くてなかなか一緒にお店に来れなくて、とても心配で・・・」と言って、お店の真ん中で涙ぐまれるので、僕もそのまま店頭でお嬢さんと一緒に少し泣いてしまいました。そういえば、その前に来店されたとき、おじいちゃんのお顔の色が真っ青だったのを改めて思い出しました。 うちのお店のKさんは、さっぱりした、とてもいい人です。 おじいちゃんもお嬢さんもレディース担当のKさんを慕って、そんな風にいつもKさんに会いに来られます。 先日、お二人がいつものようにKさんに会いに来店されたとき、ちょうどKさんは休憩に出たところでした。 販売員というのは、みんなそうして個々にお得意さんを持っています。 なので、通常誰かのお得意さんが来店されて、その販売員が休憩中の場合、休憩室に速やかに電話などをして販売員を呼び戻します。 大抵お得意さんは、来店すると買い物をしてくださいますし、販売員には個人売上成績というものもあるし、とにかく販売員にとって、自分目当てでお店に来てくれるお得意さんは、とても大事なものなのです。 Kさんはたったいま休憩に出たばかりだったので、僕は休憩室に向かっていたKさんを追いかけていき、お得意さんが来店されたことを伝えて、店に戻ってきてもらうように言いました。Kさんは「うん、わかった」と言って、一緒にお店に引き返しながら、その時僕にこう言ったのでした。 「悪いけど、私が休憩中にあのお客さんが店に来ても、もう私を呼ばないで。どうせあの人たち、来てもいつもカットソー1枚しか買わないから」  僕はKさんの何気ないその言葉にひっそりとショックを受けました。 もちろん、人の考えはそれぞれです。でも、僕にはあのおじいちゃんとお嬢さんのことを売上の金額で見ることなんて、とてもできません。 あの二人がうちの店を大好きで、おじいちゃんがうちの店を目指して動かない体に鞭打ってやってきてくださること、真っ青な顔色のおじいちゃんが娘さんの選ぶ服を見て楽しそうに笑うこと、うちの服を大切な親孝行に使ってもらえていること、あの親子の笑顔、お嬢さんの涙、その全部を僕はただの売上として見ることなんて到底できないなと思います。     

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      2
      テーマ:
  • 31Dec
    • Shine

      今年の秋の終わり頃、晴れた日曜の夕方に、用事があって、近所の公園を通りかかってとても美しいものを見ました。そこは、住宅街の真ん中に広がったとても大きな公園で、特に何の変哲もないはずのいつもの休日の夕方の風景のはずなのに、夕暮れの陽射しに照らされたその時間のその公園の静かな風景が、いったいどうしてなのか、なんだかこの世のものじゃないんじゃないか?という気がしてしまうくらいに突然、異様に美しい感じに目の前に広がって見えたのでした。 たぶん、その時の僕自身の心情やコンデションなんかにたまたま景色がマッチしてそんな風に感じられただけなのだろうと思います。 でも、急に辺りのノイズが静まって時間の回転数がスロウになるみたいな不思議な感覚の中で、夕方の公園で思い思いに過ごしている人たちの何気ない平和な風景の美しさ、そしてそれらが本当は何よりもかけがえがなく素晴らしいものなんだということに改めて感じ入ることになったのでした。やっぱり、夕陽の光がポイントだったのかなと思ったりします。 さて12月1日に国立競技場での最後の早明戦でYUMINGが「~ノーサイド夏~空耳のホイッスル」の歌詞を朗読した後、「ノーサイド」を唄いました。その日は僕は仕事で行けなかったので、後でネットでその様子を観ました。 これらの曲が収められた「NO SIDE」というアルバムは、僕も擦り切れるほど聴きましたが、テーマは確か、「太陽光線を透かし見た世界や日常や恋愛」だったと、かつてYUMINGが言っていました。このアルバムの中の「SHANGURILAをめざせ」という曲の歌詞がとても印象的で、そのテーマの感じが覗えます。歌詞はこんな風です。 「さあ Lost Horison (略) 絶望は宇宙に選ばれたしるしよ はやく はやく はやく 目を覚まして すぐに すぐに すぐに 歩きだして 大気の中に Find me! ついておいで Behind me! 命つきる前に 私といっしょにみつけよう」 この歌詞で注目したいのは、「大気の中に Find me!」という箇所。要するに大気の中に溶け込んでいる存在がこの歌の語り手っていうことで、どんだけすごい歌詞を書いてるんですか、YUMING!! !って思います・・・。 ところで、今年は「天まで届け この思い」という韓国ドラマを熱中して観てしまいました・・・。それはいわば韓国の朝ドラみたいな感じで毎日放送されます。それも1話が45分という長さ!もう続きが気になって気になって頭が狂いそうになるくらい面白いです。笑。 こないだ、そのドラマの中ですごい場面を観ました。 主人公のライバル役のイエリンという若い女性が出てくるのですが、この人は親に捨てられ施設で育ったあと、幼いわが娘を行方不明でなくしてしまった女性キャスターに養女として引き取られ大人になり、自分も頑張って育てのお母さんと同じテレビ局の女子アナになります。しかし、大人になった彼女の前で、ずっと行方不明だったその家の実の娘が見つかり、育てのお母さんや家族の気持ちが手のひらを返すようにみんなその本当の娘さんに寄せられてしまう。 ひどくショックを受け傷ついたイエリンはひとり自分の部屋で泣きながら、「一生懸命良い子になろうとしたけど無駄だった!良い子でいても悪い子でいてもどうせ一緒なんだ!」と泣き叫んで、子供の頃に自分の夢を書いた作文を破り捨てながら、悪魔に魂を売りわたす決意をする・・・その鮮烈な場面は観ていて、なんて悲しい場面だろうと思い、とても心に残りました。 こんな極端な、はっきりした形でないにしろ、こんな風にして闇の力に踏みだして行ってしまう人も本当に多かれ少なかれいるのかもしれないなと思います。 イエリンはもちろんドラマの中の人だけど、でもイエリンがもしも目の前にいたなら言ってあげたいなと思います。泣くのをやめてその部屋のドアを出たなら、きみを心から思ってくれている人は、たとえたったひとりでも絶対に絶対にいる。 「お天道様」という言葉があるけれど、お天道様の下を顔をあげて胸を張って歩くのだけは決して諦めちゃだめだよ、と。

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  • 17Feb
    • おばあちゃんとお金

       初詣には、いつも家のすぐ向かいにある稲荷神社へ行きます。 といっても、毎年三が日は仕事なので、お参りするのはそれが過ぎてからです。   家を出て少し歩くと、こんもりとした小さな山のような場所に石段が続いていて、そこを上がっていくと境内があります。 三が日も過ぎてだいぶ空いた午前中の神社で、いつものようにお参りしておみくじなどを引いていたら、ひとりでお参りに来たらしくカメラを持ったおじいちゃんが「写真を撮ってもらえますか」とふいに声をかけてました。 「いいですよ!」と頷いてカメラを預かると、境内を背にしたおじいちゃんをパチリと撮ってあげました。 レンズ越しに見えた古めかしい神社の建物とその前で微笑むおじいちゃんの姿。 なぜに観光名所でもないこんな神社でひとりで記念写真を撮るのだ?おじいちゃんよ・・・と思ったけど、ほのぼのしてておじいちゃんも満足そうだったから別にいいやと思いました。 そして、うまく言えませんが、お正月だったせいか、なんとな~くこの小さな出来事全体が自分には「神さま」とかそういう何かのようにも感じられたのでした。   さて、僕には年の初めにもう一つお参りする神社があります。 それは、敬愛するよしもとばななさんに以前教えてもらった、早稲田の穴八幡神社です。 毎年節分の日まで配っている御札を貰いに行ってお参りしてきます。 それは決められたとおりに家の柱などに貼ると、その年はお金が入ってくるという御札です。 今年も、スケジュールの合間のお昼の時間に出かけ、同じようにもらいに来た人たちの列に一緒に並んでもらってきました。 決してギラギラした感じじゃなく、のんびりとお祭りのように並んで御札をもらっていくたくさんの人達。 並んで少しすると後ろの方に一人で来たらしいおばあちゃんが列に並ぶのが見えました。 買い物カートを杖替わりにして押しながら歩いている小さなおばあちゃん。 かなりお年を召したおばあちゃんが金運を願う御札をもらいに来るなんて、どう考えてもそれは自分のためじゃなく家族のためなんだろうなあと思い、 そうして一生懸命並んでいるおばあちゃんの気持ちをちょっと想像してしまいました。 先述のカメラのおじいちゃんもそうですが、お年寄りの人達が神様にどんなことをお祈りしているのかを想像してみることは、思ってもみなかった何か大切なことを僕にくれるような気がします。

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  • 03Feb
    • 大きくてあたたかい

      満員電車もきらいですが、通勤ラッシュの時間帯の駅の雰囲気がどうしても苦手です。 大きなアタッシュケースとかでバーンとぶつかってきても、何も言わずにそのまま怖い顔で 去っていくおじさんとかがものすご~くいっぱいいるので、歩いていると何だかそれだけでトホホ・・・というカナシイ感じになってしまうことが多々あるんです・・・。 いろいろみんな大変で忙しいのは当然なのだけど、あのおじさんたちの「知らない人たちなんか関係ない」という感じの傍若無人な態度。 とっても怖いし、よくわからない・・・。不思議です。 ところで、こないだ、いつもように朝の通勤電車に乗っていたら、ドアのところに深々とお辞儀をするような格好のままじっと動かない人影があったので、思わずビクッとしてそちらを見ると、朝帰りでひどく酔っ払っているらしいサラリーマン男子が、お辞儀姿勢のまま眠っている様子。  そのうちドサッと音がしてその場に突っ伏すように倒れてしまうのが目に映りました。 うつ伏せの格好のままピクリとも動かなくなってしまったその男子を見た中年女性が、見かねたように駆け寄ってしゃがみこむと、相手の肩を揺り動かしながら「あなた大丈夫? もしもーし、おーい大丈夫?ねえ 眠ってるの?」と心配そうに何度も呼びかけ始めました。 少し間があってから、やっと「・・・うん・・・」いう返事のような声が聞こえてきたので、僕も内心ちょっとホッとしたその時、女の人が、周りの人に手伝ってもらいサラリーマン男子をすぐ前のちょうど空いていた席に座らせながら、こう言ったのでした。「ねえ、だったら、ちゃんと席に座って眠ろうよ、地べたになんか寝てちゃだめだよ」 その何気ない言葉にハッとしてしまいました。 そして、昔、おじいちゃんやおばあちゃんやがよく、「床に落ちた食べ物は食べちゃダメだ」とか、 「親が寝ているのを跨いだりしちゃいけない」などと、毎日の暮らしの中で その都度言っていた色々な言葉を思いだしたのでした。 時には優しく、時には厳しかったそういう言葉たちは、今考えると、人としてやってはいけないことや、人間としての自尊心を、守っていくためのごく基本的な規律みたいなものだったんじゃないのかなあと改めて思いました。 自由という思想のもとに何をしてもいいみたいな世の中にいつの間にかなってしまったけれど、 本当はそうじゃないし、人としてやってはいけないことって、きっとあるんですよね。 本当は何でもかんでもやっていいわけじゃないんです。 それは、たぶん誰もが本来持って生まれてきているはずの「人としての素晴らしさ」をちゃんと守るために。 「地べたになんか寝たら、あなたが可哀想よ」 見ず知らずの男子に向けられたあの女の人の言葉は、昔の人が普通に持っていたような 人間の優しさみたいなもの、尊厳みたいなものが、今でもちゃんとどこかに生きていることを そっと教えてくれたような気がしました。 酔っ払ってぐうぐう眠っていた兄ちゃんは、あの女の人のかけてくれた優しさなど 全然覚えてないだろうなあと思うと他人事ながら切ない! もったいない! だって、朝の電車の中であの人がかけてくれたものは、すごく大きくてあたたかかったから。

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