先日、或る年配女性のお客様がうちのショップにおひとりでご来店されました。
 お声かけしたところ、大学生のお孫さんに洋服をプレゼントしたいとのこと。
 ご予算が限られているようで、セール品のコーナーで、うちのブランドロゴが大きくプリントされたトレーナーをご覧になられていたので、一応、セール品の中からロゴの入っていない無地のトレーナーも( 若い人はロゴ入りより無地の方を好まれる人も多いので)お勧めしたところ、ブランドロゴがハッキリ入っている物がご希望のご様子。
 商品をご覧になりながら、年配女性は、「うちの孫は慶應義塾大学に通ってるの」と何度もおっしゃられ、結局、しばらくお迷いになった後、最初にご覧になっていた大きなブランドロゴ入りのトレーナーにお決めになりました。
 それではと、お会計カウンターにご案内しようとすると、不意に僕の目の前にご自身の小さな使い込まれたルイ・ヴィトンの皮のお財布を差し出して見せながら「私、こういう趣味なのよ〜」とおっしゃる。
 お孫さんへのプレゼントということなので、お会計していただいた後、丁寧にギフト包装をして、商品をお渡ししたら、年配女性は、ニッコリ笑って「あなた、(私が買ってあげたのだから)今日は、もう帰っていいわよ」と、おっしゃったので、僕は本当にビックリしてしまいました。
 ビックリしながらも、一応、
「ありがとうございます。ですが、わたくし、雇われの身でございまして、まだ仕事も残っておりますし、退勤時刻までお店にいないといけませんので…」と、ものすごく当たり前の事をお伝えして(そんなに真面目に答えなくてもと思われるかもしれませんが、お客様の言い方が半ばマジだったので…)笑顔でお見送りをさせていただいたのです。
 もちろん年配女性が冗談でそうおっしゃったのはわかっていますが、たとえ冗談にしても、すごいなって思いました。
 そのお客さんの振る舞いの全てが、最早テレビのコントみたいに思えてしまったくらい。
 しかし、その年配女性は、決してハイブランドの服を着ているわけでもなく、古いヴィトンのお財布を大事に使っているご様子。
 ブランドネームに頼らなくたって、別に普通に明るい良い人そうだったし、ちゃんと大学に通っている可愛いお孫さんがいて、お孫さんを愛してもいて、そのままで充分に素敵なのに、なぜ、それ以上の何かに自分を見せようとするのかな、と思ってしまいます。
 虚栄心から、おかしな事を言ったりしたりしてしまう、本人は無自覚かもしれない、その心の癖(歪み)が、木々の異常な葉の繁殖が周囲に濃い陰を作りだすみたいに、ご自身やそのご家族に何らかの深い影響を与えてしまうかもしれない。
 そうして、その影響は、もしかしたら、次のそのまた次の代の家族にまで連鎖となって影響を与えてしまうかもしれない。
 何より、全くセレブじゃなく、現実とズレてしまっているのに、虚栄心を満たす為にあんな変なことを平気で他人に言ってしまっているあの年配女性自身が、いちばん可哀想だと感じます。
 ありのままの自分を愛して、ありのままの家族や、ありのままの友人を愛してあげる、それは、今の時代は特にとても難しいことかもしれないけど、僕自身も含めて誰もが、まずそこから始めなければならないのではないかな、という気がします。
 本当の幸せというのは、もちろんのことながら、ハイブランドの店や有名大学のキャンパスじゃなく、ただ、素直な澄んだ眼差しで、自分の心の鏡を覗くことにこそあるように思うのです。


 さて、僕はずっと長い間、体のメンテナンスの為に月に一度くらい、マッサージを受けています。
 もう15年近く同じ男性マッサージ師さんにお世話になっていて、15年前はまだずっと若かったそのマッサージ師さんは、当時はまだ技術的には荒削りだったのですが、とにかく一生懸命さが伝わってきたのと、マッサージという物に対する研究熱心さが、施術から自ずと伝わってきたので(そういうのを素質と呼ぶのかもしれません)、それ以降も続けてお願いしているのだけど、日々どんどん技術が磨かれてきていて、今だに技術更新を続けている勉強家、という感じです。
 彼は、近所のマッサージ•チェーン店に勤めている人なのですが、よくぞ15年間、途中で辞めたりお店を異動したりしないで居てくれたな、と思います。
 これは、全てのヒーリングに言えることなのではないかと思うのですが、いつも、そのマッサージ師さんにマッサージを受けている時、もしかしたら、具体的なマッサージの施術なんて本当は必要なくて、ただ、このマッサージ師さんが体の不調な部分に触れるだけでも、体は癒されているのかもしれない、そんな気がしています。もっと、このマッサージ師さん自体のエネルギーの問題であって、施術それ自体は、実は関係ないのかもしれないなって…。

 マッサージ師さんは、もちろん施術の為にアクセサリーも着けていないし、服装も、年中、シンプルな単色の施術着だけ。
 本当にマッサージの技術だけで、仕事をして、そこに立っています。
 ついでに言うと、そのマッサージ師さんからは、いつも目には見えないけれど、人間の肌(皮膚)の延長のような何か(エネルギー?)が出ている感じがして、彼の佇まいを見ただけでハッとするし、その姿、気配だけでもう癒される気がします。
 そういうのが、真のヒーラーなんだな、と思います。
 無名の、毎日毎日、大勢の他人の体をマッサージして癒し、そうして人を助け続けている人。
 SNSの映え写真には、決して映らない。でも、そういうのこそが、最高にカッコいいなって、いつも思うんです。