昔、たまたまWOWOWで「ウィット」という映画を観ました。これは、マーガレット•エドソンという人が書いた戯曲をエマ•トンプソンが主演し、マイク•ニコルズ監督が演出をしたもので、あまりにも素晴らしかったので、再見しようと思いましたが、残念ながらソフト化されておらず、代わりに原作の戯曲の本を読みました。
 学問に身を捧げてきた女性教授が、ある日自分が末期の病である事を知り、長く勤めてきた大学に附属する病院に入院し、その際愛する大学の為に自らを研究材料としてもらえるよう申し出るのです。
 もしもこれから読もうと思われる人の為にストーリーはそれ以上なるべく書かずにおきますが、現代医療、特に病院というものが一体どういうものなのかを鋭く切り取って描いてあり、人間を人間として扱うという、至極当たり前のことが行われなくなってきている今の世の中について、改めて考えざるを得ない気持ちにさせられる物語なのでした。
 この物語に登場する二人の人物、お見舞いにふらりとやって来る先輩の老女性教授と、入院中の主人公を体を張って守ろうとする黒人女性の看護師さん。もちろんどちらも物語の中の人だけれど、どんな偉業の人よりも、ただ目の前の他人に対して、こんな風に向き合える人間を僕は目指して生きて行きたいな、と心から思います。
 もはや、人を人とも思っていない悪魔達がひしめいているこの世界で、せめて、そうあろうとする道だけが、ただ一つの自然の道だと強く感じるからです。


 さて、僕が韓国へ初めて旅した時、旅にご一緒する仲間の人たちは、都合で少し先に行っていて現地のソウルで待ち合わせするという感じだったので、その日の夕方、僕は一人でソウル行きの飛行機に乗ったのでした。
 空港の搭乗ゲートには、何故か若い女性達がひしめいていて、よく見回して見ると、どうやら来日していた韓国の男性アイドルグループの帰国を見送りに集まってきたらしく、めいめいそのアイドルのメンバーの名前をハングルで書いた紙を胸の位置にかざして、興奮して騒いでいるのです。
 折しもその時ちょうどアイドルグループの人達がやって来て、ファンの子達に見送られながらゲートを入って行くのが見えました。
 僕も後から、同じゲートを抜けて、たまたま同じ飛行機に乗ったのです。
 僕はアイドルの人達に全く興味が無いので、その人達が一体誰なのかも知らず、へえー同じ飛行機なんだー、と思っただけでした。
 やがて、エコノミーの自分の席に座り、ふと前を見ると、たまたまエコノミーの最前列に座っていた僕の、通路を挟んですぐ目の前のビジネスシートに、そのアイドルグループの人達が腰を下ろしているのが見えたのです。
 無論ステージ等ではさぞかし華やかな姿で唄ったり踊ったりしているのだろう彼らは、普段はさりげなくお洒落な服に身を包んでいるものの、それぞれ静かにインディペンデントな雰囲気で、その移動時間を過ごしているように見えました。
 これを書いている今の時点でも名前もわからない彼らであるけれど、あの見送りのファンの人達の騒ぎ方からすると、きっと有名で人気のある人達なのでしょう。
 それゆえに、その機内での数時間は、彼らにとって、誰にも騒がれる心配もなく、他の普通の人と同じようにのんびり過ごすことの出来る貴重なひと時なのかも知れないな、と僕は、いつの間にか離陸した機内の窓越しに、どこまでも続いて見える夕空を眺めながら、そう思ったのです。
 静かで、穏やかな空気に包まれている機内。
 日本語の話せない韓国の飛行機会社の客室乗務員の女性によって配られたドリンクを飲みながら、僕も持ってきた本を読んだり、少し眠ったりして時間を過ごしました。
 時々前方に顔を上げると、アイドルの人達は、同じように飲み物を飲んだり、イヤホンで音楽を聴いたりしています。
 考えてみたら、韓国の人達と日本の人達、そして様々な事情で色々な国からやって来た世界中の人々が、一緒にこの1つの飛行機に乗り合わせて、ちょっとずつ互いを気遣いながら、共に平和に時間を過ごしている。もしも、これまでの歴史を振り返ってみたなら、それは、かつて遠い日の争いの絶えなかった時代の韓国の人達、日本の人達が本当は、みんなずっと夢見てきた光景なのではないでしょうか…?
 国や民族の異なる人々が、いつか皆、こんな風に一緒に平和に過ごせる時を願った人々は、数えきれぬほど沢山いたに違いありません。
 普段見慣れてしまっている、こうした何もかもが、本当はちっとも当たり前なんかじゃない、感謝すべき事なのだなあと、その時、平穏な夕方の機内の光景を見渡しながら、僕はつくづくそんな風に思ったのです。


 日々、恐ろしいニュースがどんどん入ってきて、食べ物も水も安全な物は益々限られてきてしまったように思います。
 最早、安全なそれらを求めて東京から移住せざるを得ないような状況が来ているのではないかとまで感じるのです。(やっと見つけた移住先が、いつまで安全かは誰にもわかりませんが…)
 もう全ての人が、この現実の自分の人生に於いて何を最優先とするかを、それぞれ考え抜いて、その道をただ進んで行くしかないのかもしれないと思います。


 今朝、駅のホームで電車を待ってボンヤリしていたら、不意にある映像が目の前に鮮明に見えてきたのです。
 朝早く、僕の自宅の寝室のベッドに見たこともない姿をした何かが仰向けに寝ている。
 人間の形をしているけれど、何というか部分的に鳥類や爬虫類がミックスされている感じ。両目の下が美しいブルーの鱗のようなものに覆われ、頭の形、目鼻、口も、手指も両足も基本的に人間なのだけれど、全身のところどころに、そんな風に大胆に美しい鳥やトカゲみたいにカラフルな生物的な質感のデザインが施されている。
 見たこともない大きな美しい生き物が目を見開いて、朝の空気の中で静かに息をしているのが見えます。
 もちろん、異質ではありながら人工的な物ではなく、地球の全ての生き物と同じように、大自然の中から生まれてきた、世にも美しいクリーチャーだということが見ただけで伝わってきます。
 そして、不思議なことに、その異形の人が他でもない僕自身であることがわかるのでした。
 内面は僕自身であるけれど、見た目だけがそんな風に全く異なっているのです。
 目の前に見えてきたその映像って、いったい何なのだろう…? と思っていたら、ふと、目に見えない誰かの声が僕の中に聞こえてきました…。
「イマジネーションを使いなさい。容姿というのは本当は幻影です。容姿が変わった自分を想像しただけで、あなたのバイブレーション(波動)は変わります。あなたに今見えている、その異質なクリーチャーの姿を見つめて、その生き物を通して、宇宙の、地球の、大自然のエネルギーを感じなさい。あなた方は、自分達の容姿を見慣れてしまっていると思うけれど、本当はあなた達自身が、生物として存在しているだけで、素晴らしいミラクルなのです。そうして毎日やって来る朝のエネルギー、大自然の中から生み出された生き物としての奇跡のエネルギーを今、感じなさい。そして、これからは、あなた自身の持って生まれた、その素晴らしいエネルギーを忘れずに、信じて、進んで行きなさい」