さやかが出勤すると、そこには前日にはいない男性スタッフが売り場に立っていた。
もう一人のメンバー、タカシだった。
なかなかのイケメンで、顔にはまだあどけなさが残っている。


「はじめまして、今日からこちらでお世話になります、さやかと申します」
「あ、はじめまして。タカシと申します。
自分も新入社員でペーペーなんでわからないことだらけですけど」


そういいながら、タカシはてきぱきといろんな仕事をこなしていた。
売り場に立つのなんて、何年振りだろう。
でも、その時の売場と今のこの売場とでは、ステージが違いすぎる!!!
緊張しながらも、さやかはなるべく大きな声で「いらっしゃいませ」と言い続けた。


ちょっとすると、店長のコウジが出勤してきた。
「お!今日からよろしくお願いしますね!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!!」
緊張しているさやかに、コウジは
「固い、固い~!!笑顔が固いよ~!!!」
と笑い飛ばした。
なんだか緊張がほぐれた気がした。


「俺、売場見てるから、タカシはさやかさん教えてあげて」
「はい」
店では、接客して販売するためにいろんな仕事がある。
商品の入荷の流れ、出荷の時の作業、ストック整理の仕方、伝票の分類や整理などとても細かいものだった。
タカシの説明は丁寧でとてもわかりやすいものだった。

「タカシさん、新入社員さんなんですよね?
すごく慣れてらっしゃいますよね」
「あ、そんな敬語なんて使わなくて良いですよ、さやかさん自分より年上じゃないですか」
「いえ、そんな私よりタカシさんは先輩ですし」
「自分、新入社員なんですけどずっとバイトしてたんで実は3年くらいやってるんですよ」
「そうだったんですね!
道理で新入社員だと思えないくらい詳しいと思いました!」
「でも、さやかさんも別のこういったショップで働いていたご経験があるんですよね?」
「え・・・でも、アルバイトですし業態も全く違いますから」
「大丈夫でしょ!会社の業務とか仕組みとかに慣れちゃえば、すぐに自分なんて追い越しちゃいますから」
なんだかとても期待されているみたいだけど、大丈夫かな・・・とさやかはちょっと不安になった。


「でも、なんでうちの会社なんかに入ろうと思ったんですか?」
タカシの目がちょっと鋭くなった。
「え・・・?」
「はっきり言いますけど、うちの会社そんな良い会社じゃないですよ?
何が良くて入ろうと思ったのかがわからないですね」
「え・・・だって、タカシさんだってアルバイトした上でこの会社に入社したわけですよね?
良くなかったら、どうして入社したんですか?」
「まぁ、自分の場合は”どうしても”ってお願いされて・・・」
タカシは大学2年から4年までの3年間アルバイトでA社で働いていた。
実績を買われ、その時の店長に正社員になることを勧められたという。
「で、入社した途端にその店長が辞めちゃったってわけなんですよ」
「それは・・・ショックですね」
「しかもですよ?アルバイトの時と比べて給料が低いんです!!!」
「えっ!?
そんなことってあるんですか?」
「自分だってびっくりしましたよ。
一応、4年目なわけじゃないですか。
アルバイト→正社員って業態が変わったからって一番最初の給料からと言われて・・・
結果、給料ダウンですよ!
しかも、労働時間は長いんですから、やってらんないですよ」
「・・・それは・・・」

何とも痛ましい話だ。
さやかは言葉を失った。
「さやかさんも給料とか相当下がったんじゃないですか?」
「はい、そうですねぇ」
「いや、一日目にいきなりこんな話して申し訳ないと思ったんですけど、前の会社にいたら給料だって高かったわけじゃないですか?
なのに、わざわざ給料下げてこんな会社に来る意味ってなんなんだろうなって思ったんです。
不愉快だったら、すみません」

確かに不躾な会話だが、本音で話してくれるタカシにさやかは好印象を持った。
さやかは、給料は下がったものの今までデパートで販売業をやってみたかったことを話した。
「給料は前職よりも断然下がったんですけど、憧れの職業だったんで頑張れると思うし、頑張ればお給料もついてくると思うんです」
さやかの言葉に、タカシは何か言いたそうだったけれど、言葉を飲み込んだ。


「・・・そうですね、そうなるといいですよね。
頑張ってくださいね」


タカシの急によそよそしくなった態度が気になった。

うちの店の隣の店の店長は、やたらとイケメンだ。

おそらく、フロアで一番格好良い。

大きな目にちょっと生やした無精ひげがなんともセクシーだったりする。

女性のお客さんも接客されてると、心なしか嬉しそう・・・。


「かすみさんも、絶対好みでしょ?彼みたいなタイプ」

と、同僚。

「確かにイケメンだし、タイプではあるけれど・・・・・・」





ばかやろう!!

 てめぇ、何やってんだ!?

 ああ!!?


イケメン君の閉店後の姿を見ると、ドン引きしてしまうのだった。

仕事熱心で、情熱溢れる姿は見習わなければいけない部分でもあるが・・・・・・

「す、すみませんっ」

じゃぁ、あの場面ではどうすんだ、言ってみろ!!

いくら閉店しているとはいえ、売り場の中で怒鳴り散らすのは、どうかと思う訳ですよ・・・。

もっと理路整然と教えてあげるとか

怒鳴るなら、人目につかないようにとか

配慮があっても、良いよね。

なんていうか、これだと・・・公開処刑・・・。


「全っ然、ダメ!

お前、ち〇こついてんのかよ、なよなよしやがって!!」

「ついてますっ!」

「じゃぁもっとしっかりしろっつーんだよ、この童〇野郎!!!」

「童〇じゃありませんっ!!!」

下っ端のスタッフ君、かわいそう過ぎて目も当てられません・・・(T_T)

毎日これじゃぁ、ストレスも溜まってるだろうなぁ。



そんなある日のこと。

下っ端君は、長い長い接客をしていた。

その若い男性のお客様は、決断力がないけれど、全部を知りたいタイプ。

決められないお客様には、販売員がいろいろと質問をして取捨選択をして絞り込んでおススメしてあげるものなのだが・・・

中には、そうしてでも決められない人もいたりする。

数時間経った時、何を考えたんだか下っ端君はこう言ってしまった。


お客さん、めっちゃ迷いますよね~w

もしかして、童〇なんじゃないですか~?ww

「!!!」


翌日から、下っ端君は消えました。

私は、彼が不憫で仕方ないと思います。



「!!」



「マジか・・・」



出勤前トイレに入って、ゆうきは駅の公衆トイレに行かなかったことを後悔した。

路面店は、デパートとか館に入っていないので、当然孤立している。

トイレは店の中に一つあるが、当然ながら全スタッフ共用である。

男というのはどうしてこう、デリカシーがないのか・・・。

いや、バカ店長だけか・・・?


汚い話で申し訳ないが

店長のコウジの後は、とにかくひどい。

床や便器やあちこちに飛び散っているし、

トイレの蓋や便座も開けっ放し。

コーヒーを洗面台に流したりするので、洗面台もこげ茶に染まってしまう。

ゆうきが最も我慢できないのが、においだった。


コウジは、酒やたばこが大好きだ。

そのせいか、体臭がきつい。

加齢臭・・・というには、早い気もするが・・・

まだ30代のコウジはしっかりオヤジのにおいしかしなかった。


ゆうきは、とりあえず換気扇をつける。

コウジのきっつい体臭、飛び散った排泄物のにおい、コーヒーのにおいが混ざり合って、ゆうきは吐きそうだった。


「これって、立派なセクハラじゃないかしら・・・」

思わず口にすると、馬場も同調した。

「ほんとですよね。

どうして私たちが店長の飛び散ったものを拭き掃除しなくちゃいけないのか・・・・・・」

「あぁいうふうに使う人って、自分が汚してるって気づかないんでしょうね」

「むしろ、男性にトイレ掃除させればいいのでは!?」

女性二人で話していると・・・

「そしたら、おれしか掃除する人いないじゃん~!?

 イヤだよ、おれだって」

ダイスケも話に入ってきた。

「ダイちゃんは座ってするもんね?」

「共用で使ってるんだから、最低限のマナーでしょ」

「じゃぁ、ダイちゃん、同じ男として注意してよ」

「Σ(|||▽||| )できねー・・・!!」

「女性陣から言うのも・・・」

「ねぇ・・・」


世の中の共用トイレを使っている皆さんたちはどうしているのだろうか?

ちっちゃいオフィスとかでは絶対共用だと思うのだけど・・・

やはり女性の皆さんが我慢しているのだろうか?


そんな話をしたある日、個人ミーティングがあるとかで営業に呼び出された。

ボーナスについてのフィードバックだったのだが・・・

「最近、どう?

何か店としてしなくちゃいけないこととか、改善すべきこととか、

思うところって、ある?」

「店長のトイレの使い方がひどくて、困ってるんですけど、注意してもらえませんか?」

「えええ!!?なにそれ」

「ほら、部下の立場だと言いづらいじゃないですか♪」

「俺からだって、相当言いづらいけど…えーと・・・まぁ・・・考えておきますわ・・・」



営業と話して数十日・・・。

バカ店長のトイレの使い方は依然として改善されないままなのであった・・・・・・。