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理系院卒、文系就職への軌跡

理系大学院まで進学しておきながら、技術者の道ではなく文系就職を目指して就活した記録。

とりあえずの答えが出ました。

日本企業を元気にすることです。
出来れば製造業。但しその限りではない。。。

という感じです。

ただ相変わらずふわふわしているんですよね。

そもそも日本企業を元気にするって何ぞや?

私は

国内外での利益を増やすこと

と定義しました。

元々科学好きで理系に進み、日本のモノ作りをもっと世界に!という想いは少なからずありました。

でも良い製品を作れば良いという訳ではないんですよね。

売れる商品を売れるタイミングで売らなきゃ意味がない。

メーカーであれば、営業として製品をいかに買って貰うか、マーケティングが最終的に売れるか否かを決める、、、そんなことを考えるようになりました。

それに加え、一般的な営業の醍醐味はお客と直接関われることであり、自己分析からそこで感じる充実感を自分は重視しているから、営業が合ってるとも思いました。



あるいは企業が工場を立てたりする際の資金繰りや、他企業を買収して事業拡大させる支援が出来る銀行や証券会社も視野に入ってきました。

すると、実際部品や材料のサポートをする商社も視野に入るのです。

と、そうこうしている内に絞ってるはずが、また業界がどんどん増えてしまいました(笑)

しかし最終的にメーカーと金融機関をメインにしました。
消去法的に研究は嫌だから営業、何となく社会貢献したいと考えていた訳ですが、そもそも何がやりたいのか考えました。

しかし特に考えても答えは出ませんでした。

そもそも何もしなくて生活出来れば、それで良いと正直思いました。

ところが大学院まで進んでいましたし、多額の奨学金という借金と、周囲から期待があったため、そうも言ってられません。ゆくゆくは結婚したいとも思いましたし。

そこで胡散臭い自己分析というものをしようかなと思ったわけです。

自分は何をしてきたのだろう~?

と。

とにかく小学生くらいから大学院まで思い付く限りのイベントを時系列で書きました。正確にはワードで年表を作成。意外と楽しかったので(笑)

その年表から

どんな性格なのか?
なぜ頑張れたのか?
どんなとき楽しいのか?
何となくでも鮮明に覚えてる思い出

あたりをエピソード付きで抽出しました。

例えば性格なら

社交性がある
→小学生ながら男女国籍関係なく自分から分け隔てなく話し掛けて友達を増やしていった。今でも連絡を取ったりしている。

好奇心が強い
→中学生で、科学の本を初めて読んだとき、科学の面白さに気付き、図書室にある科学の本を毎日のように読み漁った。近所の科学館や、博物館などへも足を運んだ。

といった具合です。
エピソード付きなので裏付けがあって説得力がありますし、後々ESや面接で質問に答える際にもネタに困りませんでした。



そうこうしてる内に自分が何をして来たのか把握出来て、おまけに自分の性格も伝えられるエピソードのストックも出来てきたのです。

個人的に自己分析はやって良かったです。
例えば何かのプラントを作る技術者は、どれくらいの人と一緒に働くのか?

規模にも依りますが、100人単位とかです。

主観ですが、これは人との関わりが多いのではないでしょうか。

技術者は人との関わりが少ない

営業

というのは軽率でした。

業界、企業によるのです。

「何とか研究所」の技術職という形であれば、人との関わりが少ない可能性は高いですが、メーカーやエンジニアリング、建設などはその限りではないのです。

勿論、メーカーであれば対外的な人との関わりが多いのは明らかに営業と言えますが、そこを理由にして営業を志望するのは厳しいです。面接官によってはすぐに指摘され得る点ですから。

この点は説明会や座談会などでリサーチする必要があります。



さて、人との関わりだとか社会貢献と考えていた訳ですが、早々にボロが見つかって考え直す必要に迫られたのでした。