イチローを育てた元愛工大名電高校の中村監督 | びっくりするほど上手くなった!名古屋のバッティングスクール「Count23」

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小学生・中学生などの少年野球選手がチームで活躍するための技術向上を目的とした野球スクールです。バッティング、ピッチング、キャッチボールなど多彩なコースでチームの中心選手に育てます。

私の恩師である、元愛工大名電高校の中村監督と食事をしてきました。

世界を代表するメジャーリーグのマリナーズイチロー日本球界の最年長
ライオンズの工藤さん
、それに次ぐ最年長スラッガーの楽天山崎武司など
を育てました。

中村監督とは半年ぶりくらいに会ったのですが、お元気そうでした。

今季終了後にベイスターズからライオンズに移籍した工藤さんの話題が出ました。

工藤さんは私が1年生の時に3年生で、野球部員は野球部の寮から学校までは
スクールバスで通うのですが、工藤さんは毎朝学校までの3kmをランニング
通っていたことが印象的です。

長距離嫌いの私は、自ら学校へのランニングなんて考えるわけもなく、追試のペナ
ルティの時しかありません。

中間・期末テストなんかで赤点を取ると追試となりますが、そのペナルティで学校
からグラウンドまでランニングで帰らなければならいのです。

工藤さんは冬場は学校への往復走ってました。

とにかく一生懸命というか、黙々と練習していました。

その工藤さんと寮で同じ部屋だったのが、刈谷教室の玉川コーチです

玉川コーチは工藤さんと同じ部屋だったので、よく可愛がられた(いろんな意味で)
そうです。

といっても、工藤さんはプロ野球でも評判のように、基本的には後輩思いの親分肌で、
1年生だった私は、優しかった先輩のイメージです。

中村監督は工藤さんが、まさか47才まで、28年間も現役選手を続けるとは想像も
していなかったとのことです。

中村監督は「お祝いの手紙でも送ってやらにゃいかんな・・」と仰っていました。

楽天の山崎は私が卒業するときの1年生でした。

彼も23年の選手生活です。

山崎曰く野村再生工場で野球をやらせてもらったのを感謝していると自らのブログで
語っています。

彼はミニカーを集めたりラジコンをやったり、子供のような趣味ですが、ディアブロ
のオーナーですからね。


車好きは筋金入りです。

私は豊田大谷高校中村監督と一緒に硬式野球部を指導しましたが、中村監督は67才
になり、現在は幡豆郡にある吉良高校にボランティアで指導にいっています。

67才になられた現在も、グランドに出ると私が高校生の頃と変わらないくらいの大き
な声が出ます。


吉良高校は今年の4月に18人の新入生が入ったそうで、それまではメンバーぎりぎり
の9人しかいませんでした。

今年は良いピッチャーが入学したようで、「一度見に来いよ!」と言われたので、久し
ぶりに吉良高校をのぞいてみようと思います。

中村監督には、これからも良い選手を育ててもらいたいと思います。




あなたも一緒に野球を楽しみませんか?

マリナーズ・イチローのようなスラッガーになるのも夢ではありません。

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