ボランティア5日目


漁業用のいかだ作り。

いかだ用の浮き輪にビニールシートをかぶせたり、
縄を均等な長さに切ったりする作業。


この日もまずは陸前高田のVC(ボランティアセンター)に集合して、
ドアに指を挟むことなく現地へ。

作業する場所が二か所あったので、

初め一か所目に到着してから運転手だけそのまま二か所目の場所を確認しに行くことに。


二か所目を案内してくれた漁師の人は両親が津波に流されたそうだ。

妻・子供は無事で、今は妻の実家にお世話になっていると。

陸前高田に5つあった漁港のうち3つは潰れてしまったそうだ。

今回僕たちの訪れた場所は、地盤沈下はしているが復興が無理なダメージではないそうで

3年後に牡蠣が取れるようにまた一から作業を進めているということだ。


今回のイカダ作りは、その三年後に取れる牡蠣を想像しながら作業する。
そう思えば、復興の実現の手助けになっているということが実感できる。


午前中は浮き輪作り。
日陰のない空き地での作業だったので、道路にできた家の影の上で休憩を取った。

休憩時間はほのぼの、としていた。

いつものように坂巻さんは自分の水筒の冷たい水をみんなに飲ませる。

漁師さんからは差し入れにアイスをいただいた。



お昼ごはんは弁当の宅配を頼んで
それを港に戻って、漁師さんたち手製の休憩所で食べた。
言い方は悪いが、ホームレスが住む家のような感じだ。
みっちぇるが持ってきたきゅうりの浅漬けをみんなで食べる。


昼食後から14時までの1時間で、縄切りをする。
何回か切っているとコツがつかめて、上手に一回で切り取れるようになった。



作業中に突然フジサンケイの記者がやってきて、撮影と取材を始めた。


新聞に載ったらどうしよう、なんて考える。

板巻さんはあからさまに前に出た。

初めこそウキウキしたが、次第に写真などどうでもよくなった。

インタビューは受けたくなかった。


みっちぇるは長いこと取材を受けていた。
しっかりと話していたので関心した。
あとで聞いたら、会社はおろか名前も職業も伏せていたそうだ。
しかもわりと斜に構えてて、どうせ載らないんだろうと思いながら話していたらしい。
それであれだけちゃんと話すならむしろ一層関心するよ。



作業の最後に、漁師さんに名刺をもらった。
三年後に食べに来て、というのと、
都民ボランティアはもう終わるけど個人でのボランティアでいつでも来てくれ
という二つの願いを込めて。



VCに寄ってから、今日もまた気仙沼プラザホテルの温泉へ。
また時間ぎりぎりだった。

ホテルの前で、ひさしぶりにKと遭遇した。元気そうだった。


みっちぇるは風呂の中で同期に会って話し込んでいたらしく随分と長風呂だった。
遅くなりすぎてさすがに申し訳ないと思ったらしく、まゆげは書いてこずに集合場所にやってきた。


晩御飯はあさひやという洋食屋へ。

これがこのメンツでの最後の晩餐。
カツカレー的なものを食べた。


板巻さんがみんなに、おじいちゃんの話をした。
元報道マンだから、知っていることはみんなに伝えたくなるんだと。

ホテルで風呂上り二人でいたときに、他のみんなに君のことを話してもいいかと尋ねられたのだ。
僕は、ダメとは言わなかった。
話してもいいかと尋ねてくれることが、いろんな意味で優しかった。


高城さんと奥田さん、当たり前だけど、全然気づかなかったそうだ。当たり前だ。


高城さんは
「泣きそうになっちった」「俺なら葬式に行っちゃうな」と言った。


僕は、用意してた返答というか、

葬式に行った人だってそれはそれで立派ですよ、とか

この選択をどう受け取るかはその人次第ですしね、とか

模範解答みたいな説明を付け加えたけど


「ボランティアって言っても人によって受け取り方が全然ちがって…」
ということを言いながら泣きそうになってしまった。

ていうか泣いた。


しゃべろうとすると涙が止まらなくなるので、数分ほどずっと黙り込んで

そのあと自然に、とっくに変わった話題の中に参加した。



宿泊所に戻ってから一人で、
人に見られない場所で椅子に座って、涙を流していた。
何を思い返してそこで泣いたのかはいまいち思い出せない。
ただ、いろいろ思い返して泣いたのは確かだ。



少し時間を戻して
夕食後は、ひぐらしの近くにみんなでまたホタルを観に行った。

昨夜見れなかったから今度こそと。


あいにく時間が早く、ホタルは見ることができなかった。

ホタルを呼ぶ儀式とかやったんだけど無駄だった。


リーダーミーティングのため保健センターにもどって高城さんと板巻さんを下ろしてから、
改めて奥田さんとみっちぇると三人でひぐらしに向かった。

どうやら場所が微妙に間違っていたらしく、
他の宿泊所からやってきた別の班に教えてもらって、ホタルを観ることができた。



この日は最後のリーダーミーティングということではからいがあり
リーダー以外の人も参加することができたのだが
あまり意味はなかったかもな。


そのあとの懇親会も、同じ会社の同期が群れるばかりになっていたような。


変な話だが、僕は同期よりも奥田さんや板巻さんといるほうが落ち着いた。
みっちぇるは、もっと同期と話したそうにもしながら、
僕と奥田さんに少し遅れてついてきた。



夜遅く、
高城さんとみっちぇると
三人で話し込んだ。


高城さんとこうしてじっくり話す機会は本当に少なかった。

副団長として忙しかったから。


自分がいる事業部の認知度をもっと上げたいんだ、とか

奥さんと付き合ってたときの話とか

いろいろ話してくれたな。




この日の深夜の僕は、
後にみっちぇるいわく、「しょんぼりしていた」らしい。
そうかもしれない。


思うことがいろいろあったせいか

口が言いたいことを言わず

心が思いたいことを思わなかった。




ボランティア4日目


陸前高田で草刈り。二つの班で。


陸前高田はそれはもうひどい有様。

被害の範囲が恐ろしく広い。

波に飲まれたというより、波にぶっとばされたというほうがむしろしっくりくる。
その被害後の現場から当時の津波を想像すると、そんなことあるわけないだろうと思うような超絶な絵しか浮かばない。


ボランティアセンターでまず集合して、ミーティングと用具の借入れ。


ここで事件が。
みっちぇると二人で熊手などの用具を車にしまいに行った際に、
車のドアに指をはさむトラブルが発生。


変なとこに手を置いてた俺の過失が大きいし
そもそもそんなに大きなケガにもなっておらず痛みも小さかったんだが
みっちぇるはかなり動揺し責任を感じてしまった。

本当に心配された。これでもかってくらい心配された。
大丈夫だって言ってるのに。
駐車場の前にある川で指を冷やさせられる。
「冷やしてくれないと私の気が済まない」と言われて。
本当に、いい子だなって思った。
このような人を守ることが、神様の最低限の責任なんじゃないかと思う。


依頼は個人のものと聞いていたが、

土地は個人の所有だがそこで物資供給などのイベントを行おうというつもりらしい。
それでその空地の雑草を刈ってほしい、と。

大切な仕事だな、と思える仕事だ。


草刈りにはカマとクワとクマデを使う。

20分働いて10分休憩、の繰り返し。
どこかで熱中症で倒れた人がいたらしく、2時までで終了しなければいけない。

もっと働きたい。


差し入れにジャガイモの塩茹でや手づくりのおかしをもらった。
塩ジャガめっちゃおいしい。



昼休みに少し歩いて、惨状のよく見える場所に行った。
息を飲むような光景。


線路に瓦礫が引っ掛かり、瓦礫の道ができていた。

ミクロに見れば瓦礫は瓦礫でなく、CDプレイヤーや棚や洋服に姿を変える。

単なる建物ではなく、人間の生活がぶっこわされたんだ、とわかる。


ここでも現地の人たちは、嫌な顔をせずに当時のことを話してくれる。
本当にたくましい。

きっと彼らは、自然と生きてきた分、自然に奪われることに対してはもともと覚悟ができてるんだ。
誰かに家族を奪われたりしたなら一生それを憎むだろうけど、自然(現象)に奪われるなら。


だけど昼食のときに家を貸してくれたおじさんがいうにはやはり遺恨というか暗いものは残っているようで

家を流されなかった人は気まずい思いをしているし
流された人ももちろん完全に平気なわけもない。



予定通り2時で終了したけど、思っていたよりもたくさん草を刈れたと思う。



ボランティアセンターに寄ったあとは気仙沼プラザホテルに温泉アンド食事へ行く。

4時までで、かなりぎりぎりに着いた。
実際は少し遅れても入れてくれるようだったが。
途中で道を間違えたときはビビった。

なんせ運転してるの自分だから、遅れたら自分のせいだから。


しょっぱいお湯の、いい温泉だった。サウナもついてる。


ホテルの料亭の刺身定食もおいしい。
板巻さんがコーラを急に飲みたくなったらしく

自分で二杯と僕に二杯で合計四杯注文して、一同爆笑。


高城さんとみっちぇるはノンアルコールビールを飲んだ。


コンピュータの未来の話とか、坂巻さんの吉祥寺のママとの話とか、
今まではあまりしなかったような話もするようになった。

なんでアナタたちはいまの会社に入ったの?みたいな質問を奥田さんにされたりも。



プラザホテルを出て、ひぐらしという別の宿泊所の近くに出るというホタルを観に行った。

なかなか見つからず、見当はずれの山道を進んでその道を引き返しただけだった。

しかしその冒険がとても楽しくて
全員とても盛り上がった。
無駄を楽しめた。




宿泊所に帰ったら奥田さんとミッチェルと雑談。

この日は昨日よりもさらに長くそしてさらにとりとめもなく雑談。

奥田さんがどっか行ってもみっちぇると二人で雑談。

みっちぇるがどっか行っても奥田さんと二人で雑談。

紅茶飲みながら。



そこに途中から、昨日みっちぇるが歯磨きしてるときに知り合ったという
香港人でNZ在住の歯科衛生士マギーが加わり、
さらに歯科医師の升田さんをマギーが呼んできた。


升田さんは愛媛の歯科医で、
はじめは読者の多い知り合いのブロガーに頼んで歯科医としてのボランティアを手伝ってくれる人を募り
ホームページを立ち上げて、反応のあった人を東北に紹介したりしているそうだ。


マギーは

NEW ZEALANDから日本を助けたいという思いで

「歯科衛生士 ボランティア」で検索してたまたまそのHPにたどり着いたようで、

外国人を一人で行かせるわけにはいかないということで升田さんも東京から一緒に来たのだとか。


訪問による歯科治療を専門にしているそうで、
この日も30人ほど治療してきたそうだ。


気仙沼では最大だった訪問看護センターが流されてしまい、

医師が覚えていたのをリストアップして訪問しているとのこと。



行動力があるっていうのはすごいことだな。
同世界にいるはずの人が
あっという間に別世界に飛んで行ったりして
僕にはそれがない。



途中から升田さんは被災地のことよりも歯のことを熱く語りだした。
口から人を幸せにする

それが彼のポリシーらしく

かなり思い入れというかプライドがあるんだな。



余談だが、

ボランティアで医療をする、というのもいろいろ複雑な問題らしい。

無料で治療してくれる医者がいれば、

優良で治療する医者がいられなくなる。

ボランティアの医者がはびこるほど、現地の医者が困る可能性が大きくなる、ということ。


かといって医者はお金を取って治療するにはその地域で医師としての登録が必要で、

それをするには、もともと働いている病院をやめなければならない。

そんなこともなかなかできない。



東北でこんな出会いをするとは思っていなかった。

体一つで日本に飛び込んできたニュージーランド人と

そのような外国人に人助けの場を提供する愛媛県の医師様。

人間は美しい。


こんな出会いはさすがに予想していなかった。

みっちぇるの、知らない人と打ち解ける力にもびっくりだ。
彼女のおかげでいい出会いができた。
まあ僕は人見知りしちゃって、聞くばかりであんまりしゃべれなかったんだけども。





この日は、高城さんが「かわいい」という話で盛り上がった。

奥田さんも気づいてたみたいだ。


クールで大人な普段の中に、ちょくちょくかわいいところが出てくる。
かみなりをこわいこわい言ったりね。

噛めば噛むほど味が出る人だ。高城さんは。



ボランティア3日目


今日は炊き出し。
廃校になった津谷川小学校の建物が避難所になっていて、そこに住む30人の夕食を作る。

13時くらいに現地に入って食材などの確認。
おおよその内容は前日に引継ノートでわかっていてメニューも決めてきたので、
量や状態などを見てそれを微調整。


前の日程ですでに炊き出しを経験していた知り合いの話からすると
男は野菜を洗ったりピーラーで皮をむくだけになるのかなと思っていたが


普通に僕も野菜切ったしほうれんそうの胡麻和えの味付けなんかしたりもした。

野菜切るのはまだ経験から何とかなるにしても
胡麻和えなんて作ったことないんで、もーウザいくらいみんなに確認してもらった。

包丁の扱いについては奥田さんに「意外と上手い」と言ってもらえた。
板巻さんにもほめられた。

期待が低かったとしても、そこそこ良かったってことだと思う。



殺菌には想像以上に最深の注意が払われていて、
食材以外のものを触るたびに手を洗うのはもちろんだが
包丁やまな板は一度使う度に洗うだけでなくいちいち熱湯に晒してから使用するほどだった。


ほとんど時間通りに料理は出来上がり、
反省するべきことが思い浮かばないほど、順調にできた。
ごまを使った料理がちょいと多過ぎたけど。


皿に盛りつけることも、食べる姿を見ることもできないのは残念だ。
やっぱ炊き出しのゴールは「完成」ではなく「美味しい」だから。
ゴールできずに終わったかのような気分だ。

きっと美味しく食べてもらえたと想像することしかできない。


料理中の板巻さんの動きが面白かった。あれやるこれもやるやる言ってて。
金平ごぼうに固執していたのに、金平には結局ほとんど触れなかったし。
炊き出しには板巻さんは相性がよくなかったかも。

しかし板巻氏は本当に活力がすごい。
昨日の瓦礫運びでも、ポンポン運んでいた。

放置してれば役に立つっていう感じ。
空気が読めないわけじゃなくて、ちゃんと周りに迷惑をかけない動き方をしてるんだよな。
ちゃんとチームの力になってる。
すごいおじいちゃん。



料理完成後、校庭にいた「さんすけ」という犬と戯れる。


お風呂は今日もまきばの湯。
リーダーミーティングまで時間がなかったので晩御飯はコンビニで。

コンビニ弁当とはいえ

みっちぇるがめちゃめちゃ楽しそうに選びめちゃめちゃうれしそうに食べるから場は和む和む。
彼女の才能であり長所だ。


保健センターに戻ってからは
みっちぇる・奥田さんとおしゃべり。
距離が縮まったなあという感じ。


奥田さんは48~49歳で旦那さんはいるけど子供はいなくて
こういうボランティア的なことは震災の前からやっているみたい。
旦那さんとは趣味の野球(応援)を通じて知り合ったとか。

50手前とは思えないほど若い。
落ち着いていて、僕やみっちぇるみたいなコドモにも理解がある。


今回のボランティアに参加してる人は、年齢より若い人が多い。
そういうものなんだろう。
ボランティアに参加するような精神のことを、「若い」というのだろう。