避難している児童にランドセルが配られ
大きなランドセルを抱え嬉しそうだ。
私も思い出すな~小学校6年の頃
ランドセルの話ではないけどね
当時の子供は皆ズック靴という
布製の履物を履いていた。
指が出そうな穴のあいたのを
履いている子も中にはいた。
そんななか、ローファーを履いて
いる子が一人だけいた。
それはM医院のM君だった。
今でこそローファーなど当たり前に誰でも履く
履物だが当時は今とは全く違う時代だった。
以前書いた毒キノコ事件で家族でお世話になった
M医院の御曹子のM君
彼はデカプりオに似たハーフっぽい顔立ちの
ハンサムな少年だった。
小学生の子供をハンサムというのは変だが
可愛いというよりハンサムという方が合っていた。
その彼が履く黒い革靴を私も欲しいと思った。
彼のぞんざいな履き方もカッコ良かった。
私は母に何度も頼みこみ中学に進学の記念にという事で
なんとか買ってもらう事が出来た。
それはそれは美しい靴だった。
M君のようにぞんざいな履き方など
出来るはずもなかった。
秋になり父の転勤で南会津の田島という町に
一家は引っ越した。
私はローファーを履いて登校した。
すると革靴を履いて登校する生徒がいると
一躍有名になってしまい
学校中で親の革靴を
履いてくる者が続出した。
あみ上げの親の革靴なんてカッコ悪いと
思いつつも真似されて悪い気はしなかった。
今思うと下足箱に入れていた靴が
盗まれもしなかったのは良い時代だったんだなー
思うのです。

