避難している児童にランドセルが配られ

大きなランドセルを抱え嬉しそうだ。



私も思い出すな~小学校6年の頃

ランドセルの話ではないけどね



当時の子供は皆ズック靴という

布製の履物を履いていた。



指が出そうな穴のあいたのを

履いている子も中にはいた。



そんななか、ローファーを履いて

いる子が一人だけいた。



それはM医院のM君だった。



今でこそローファーなど当たり前に誰でも履く

履物だが当時は今とは全く違う時代だった。



以前書いた毒キノコ事件で家族でお世話になった

M医院の御曹子のM君



彼はデカプりオに似たハーフっぽい顔立ちの

ハンサムな少年だった。



小学生の子供をハンサムというのは変だが

可愛いというよりハンサムという方が合っていた。



その彼が履く黒い革靴を私も欲しいと思った。



彼のぞんざいな履き方もカッコ良かった。



私は母に何度も頼みこみ中学に進学の記念にという事で

なんとか買ってもらう事が出来た。



それはそれは美しい靴だった。



M君のようにぞんざいな履き方など

出来るはずもなかった。



秋になり父の転勤で南会津の田島という町に

一家は引っ越した。



私はローファーを履いて登校した。



すると革靴を履いて登校する生徒がいると

一躍有名になってしまい

学校中で親の革靴を

履いてくる者が続出した。



あみ上げの親の革靴なんてカッコ悪いと

思いつつも真似されて悪い気はしなかった。



今思うと下足箱に入れていた靴が

盗まれもしなかったのは良い時代だったんだなー

思うのです。

昨日、ブログにアップした

簡単に引いたこの図面
kenroのブログ
デジカメを用意している間に
片付け魔の妻に古新聞容れに捨てられた

のを回収し写真を撮った


真ん中の折れ目はその時妻が

折った跡なのです。

東日本大震災で福島の原発は

その被害の大部分は地震よりも津波による

ものであったといわれている。


日本はこれからもしばらくの間エネルギーを

原発に頼らなければならないだろう


そのため原発をいかに津波の被害から

守るかを考えねばならない


岩手県では世界一の堤防というものが

いとも簡単に破壊され、ただ堤防を大きくしても

無駄な事がわかった。


これからは津波を抵抗なく受け流す仕組みが

必要なのではないかと考えた。


海岸を斜面状に傾斜させその中に原発を

埋設し津波を素通りさせる
kenroのブログ
配管やケーブルも全てを埋設する。


バックアップ体制そのものが流されてしまうといった

失敗をなくすため、

バックアップはこれとはまったく別の方式の物も必要である