10年ほど前、私と同年代と思われる夫婦が

訪ねて来て「これを見てもらえますか」と

フローザをさしだした。


私はそれが本物のラリックのフローザであり

値段はこれ位ですよと伝えた。


それは私フローザよりパチネ(着色)が濃く

見た目のインパクトが強かった。


が、私は同じ物を2つ買うつもりはなかったので

名前と住所と電話番号を頂き、

もし欲しい人がいたらご連絡しますと言った。
kenroのブログ
そのフローザは奥さんのお母さんの妹の物で

その妹は若くして亡くなったので

なぜその瓶を所有することになったのか

といういきさつは一切わからないと言った
kenroのブログ
お母さんの妹が若い頃というと

50年以上前と考えられる。


はたしてその頃この様な瓶が、どの様にして

日本に入ってきたのか知る由もなかった。
kenroのブログ
私は後に、あるところでこの事を書いた。

それを読んだ方から是非その人に連絡を取り

私のために手に入れて欲しいと何度も言われ


電話をしてみたがその電話は通じる事がなかった。

住所も調べてみたが、そのような地名がなく

あれはなんだったのだろうと思うのである。



ジャン・パトゥにより

第2次世界大戦終結まもなく発表された。


戦後の混乱でヨーロッパは貧困に喘いでいたが、

陽光のデザインで復興を祈った。
kenroのブログ

この時アメリカは食糧、石油、工業を制覇し

世界一の金持ち国であり、
kenroのブログ


ジャン・パトゥの一番のお得意でもあった。
kenroのブログ

スズランが浮き出た香水瓶は

1923年にルドルフ・ヘルマンより発売される


瓶の製作はダリエッとしかわかっていない


kenroのブログ
スズランのスプーンを並べて見た


すずなりのスズラン
kenroのブログ
うらもスズラン
kenroのブログ