日曜日、叔父の告別式に出るのため会津若松に行ってきた。

会津若松は、原発の被災地域からの住民の流入で人口が増え、

保険金と、国からの支援金などのため意外にも

景気は良いとのことであった。




叔父は人徳のある人で、請われて福島県の商工会副会長を務めた

人だったのでそれは大きな告別式であった。


叔父は母の一番下の弟で享年75歳だった。


叔父は生まれる2日前に父(私にとって祖父)を亡くし

2歳のときには母(私にとって祖母)が亡くなると云う


波乱の人であったが、7人の兄弟と祖父の残した財産の

おかげで不自由ない幼少期と青年期をを過ごしたそうである。


祖父は死の間際に

「私はお前たち全員が大学まで行けるだけの金を残した」

「しかり勉強するように」と言って亡くなったと云う



脳溢血で亡くなったと云う祖父が死の間際にそのような言葉が

果たして残せたのか疑問だが、

母の兄弟の語り草となっていた。


私は今、時間的にも余裕が持てるようになり


75年前、若くして亡くなった祖父とは如何なる人だったのか

調べてみようと思うのである。


イギリスのオーディション番組「Britain's Got Talent」の
アメリカ版オーディション番組「America's Got Talent」により
発掘された10歳、天使の歌声ジャッキー・エヴァンコ

「画家の家を訪ねる」の続きの前に

一つ書きたいことがあるので書いてみょう

週末の日曜美術館は

「よみがえる地底の記憶~

世界記憶遺産・山本作兵衛」という

題で放映された。

山本作兵衛は福岡県筑豊地方の炭坑で半世紀にわたって働いた後、

閉山により警備員となった66歳から炭坑の絵を描き始めた。

92歳で亡くなるまでに描いた絵は2千枚ともいわれる。

アンネの日記やベートーベンの直筆楽譜などと並んで、

一炭坑労働者の絵がユネスコの世界記憶遺産に認定された。

私はこの絵を見て遠い昔のエロティックな

場面を思い出したのだ。


kenroのブログ
その昔石炭の採掘は男は褌一丁

女は腰巻一枚での作業だった。


これは福島の常磐炭鉱も同じで

若い女性が男に交じって

ほとんど裸の状態で働いていたそうである。


私はこれと似たシュチエション

に遭遇したことがある。


それは妻の実家まで車でいった時の事だった。

関門海峡大橋を渡ると博多方面には向かわず

実家のある八女方面を向け

当てづっぽで南下した。

当時道路はあまり整備されておらず

どの辺を走ったのか今となっては記憶はないのだが

途中に温泉宿があったので昼飯と温泉に入ろうと

その宿で休憩を取ることにした。

宿には他に客はおらず

私たち家族の貸し切り状態だった。

子供たちは裸になりさっそくお風呂に、

お風呂は上のお風呂場と下のお風呂場が

ひと一人が通れるほどの穴でつながっていた。

その洞穴を子供たちに続いて裸の妻も登り始めた

私も後に続いたのだが、

丸見えなのである

なんと破廉恥で!

あられもない姿!

私は結婚以来最大にHな気分になったが

子供たちもいる

静かにお風呂を楽しんだのである。

私はその温泉の名も場所も全く覚えていない