続きです。
大きな病院へ転院し、まずは検査、今後の方針を相談し決めていくことに。
そのころには完全に足は麻痺してしまい、ベットに寝たきりで、検査だ何だとすべてベットごとの移動のようになっていた。
検査の結果は最初の病院での見立てどおりで、原因は前立腺がん。前立腺がんはステージっていう言い方はしないらしかったが、いわゆる末期がんということなのだろう、検査の結果で出てくるものはどれも一番悪いランクを表していた。そして腰椎に腫瘍が転移し、神経を圧迫した結果、下肢麻痺になっているということだった(※細かいところは正確な描写ではないかもしれません)。
泌尿器科の男性の先生は、淡々と説明をしてくださり、まずは前立腺がんに対してできるだけの治療をしていくということを言われたのだが、オットの口からでる質問は「歩けるようにはなりませんか?」ということばかりだった。先生は腰椎の部分に関しては専門の先生と連携をしていくが、まずは前立腺がんの治療が早急に必要であること、そして最後には「歩くよりもまずは命でしょ?」とおっしゃられた。
病室で二人になったときに、
「ま、とにかく先生の言われてるとおりに、まずは治療がんばっていこな。」と言ってみたが、オットから出た言葉は、
「もう歩けへんのやろ?・・・これから生きてて、迷惑かけることしかないやん・・・。そんなん生きてても意味ないやん・・・。」
こうして文字にしてみると、ずいぶん乱暴ないいかたで、配慮の足りない表現だけど、本人のそのときの率直な気持ちだったと思う。
おそらく今までで、一番私の胸にこたえたのは、このときの言葉だったかもしれない。自分だったらと思うと、返す言葉が見つからなかった。
先生と私だけの面談もあり、オットの身体が若いため(当時63歳)がんの活動も活発なため、何か他に併発される事象があると急激に危険なことになることも理解しておいてください。ということ。ただし、若いために体力もあるので、治療には充分耐えられるだろうということも聞かされた。
いろいろな担当の方でオットのためにチームが組まれ、治療方針も決まって動き出していった。
「投薬」に関してなども含めて、治療期間がどれくらいかかるかはわからないため、先々にかかる費用についてのおおまかな説明もあり、「いいですね?」と念を押される。恐ろしいほど無知だったので、いろいろとネットで調べ、先生に質問をしたりしながらも、不安しかなかった。
入院しているため、毎日顔を見には行っても、私が何か手伝えることはなかったのだが、頭の中がいっぱいのような空っぽのような・・・不思議な感覚で1~2週間は過ぎていったような気がする。担当の看護師さんからは「奥さんが倒れると大変なので、しっかり食べて寝てくださいね。」と再三言われた。
そして、まずは「精巣の手術」「放射線治療」「抗がん剤治療」「投薬」と進むことが決定した。
また少し思い出してから・・・。
続く。