Charles Mingusのレコードは、ライナーノーツを読むと深く理解できる。 | 続・公爵備忘録

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ジャズ・オリジナル盤の音質追及とエリントンの研究。

Charles Mingusを解説した本は少なく、しかも、どれも分かりにくい。たとえば昭和54年(1979年)のジャズ批評『Charles Mingus』

ちょうどMingusが亡くなったときだったので、“ミンガス追悼”の意味で企画されたもの。あとで伝え聞くところによると、今までに発行されたジャズ批評誌の中で、最も売れなかったそうだ。ずっと売れ残っていて、1980年代もバックナンバーとして入手可能だった。




初期のジャズ批評は難解な記事が多い中でも、このMingus特集は特に分かりにくい。

Charles Mingusは時代によって目指す音楽が違っているから、全体として語ると分からなくなる。マイルスに例えるなら、電化したあとのマイルスと、それ以前を一緒にするようなもの。

ミンガスの場合は「この方向だ!」と決めると、それをまっしぐらに追及していく。そして次の目標をみつけると、以前とは違った方向に突進していく。まさに猪突猛進。その転機が何回かあって、その前後では作風が全く違っている。だからCharles Mingusの音楽を全体像として語ろうとすると、読み手は訳が分からなくなってしまう。

筆者の意見としては、Charles Mingusの音楽を堪能するには、レコードの英文ライナーノーツを読んで、彼の考え方を知り、実際の音楽を聴くのが一番いいと思う。

すべてのレコードでライナーを書いているわけではないけれど、コダワって音楽を作っているので、その演奏で何を表現したかったのか、自分の狙いを知って欲しかったんだと思う。だから彼自身が書いたライナーノーツを読むのがミンガス音楽への一番の近道。

日本盤には日本語の解説がついているけど、あれはあまり参考にならない。

日本語解説はレコードを買った人だけが読むもので、お金を払った人が満足できるように、『あなたはとても良いレコードを買いましたね。』と、お世辞が書かれている。

お金を払った人(特に高額なお買物をした人)は、自分の行動が正しかったのかどうか不安になる。パンフレットや広告を見て、自分が買った商品の良さを再確認したくなる。

日本語解説を書いた評論家は、理論を知らなくても肌でニーズを感じ取っているので、ホンネは胸にしまっておいて、そのレコードをヨイショする。お世辞だからムダとは言わないけれど、さして役に立たない。

まあ英文のライナーノーツでも、ジャズ評論家が書いたものは日本語解説と似たり寄ったりなので、ミュージシャン自身が書いたものほど参考にはならないけど。

それから、CDも良くない。ジャケが小さすぎて英文ライナーノーツが読めない。音質の良し悪しは別として、これが致命的に問題だと思う。

Charles Mingusの音楽は、レコードで、英文ライナーノーツを読みながら聴いていただきたい。英語が苦手な人でも、最近は便利な翻訳ツールがある。DeepLは翻訳が正確で日本語らしい文章にしてくれるし、Googleレンズなんか、スマホをかざすだけで瞬間的に翻訳してくれる。

ぜひともレコードジャケットを片手に、Charles Mingusの音楽を楽しんでください。

Pithecanthropus Erectus


Charles Mingusという人は気難しく、怒りっぽくて、すぐにケンカしていたという。自伝『負け犬のもとで』を読めば、子供の頃から変わった人だったことがわかる。

性格的には奇人・変人みたいなところがあったのだろうけど、音楽的には非常にマジメで、理詰めで考え抜いて音楽を作っている。

本作は1956年、最初の転機になったレコードで、英文ライナーにミンガスの狙いが書かれている。


ミンガスの意図を要約すると、以下のようになる。

ジャズは演奏者が自由に表現する音楽であると同時に、曲には作曲者の意図がある。このレコードでは作曲と即興演奏を両立させるために、譜面には音符ではなく、心(mental)を表現した。ミンガス自身はピアノで曲の枠組みを提示するだけ。演奏者は提示されたスケールとコードの中から自由に選択し、自己表現する。

要するに、即興演奏と作曲という、相反する側面を両立させようという試みだということ。

そして曲ごとに、Mingusが意図したことが説明されている。これを読むのと読まないのでは、演奏の理解がぜんぜん違ってくると思う。

 

 

Mingusは精神的なものを表現したかったと分かると、演奏の雰囲気を鑑賞するというスタンスで聴くのが本筋と言えましょう。


The Crown


本作のライナーは評論家のNat Hentoffが書いているので、ミンガスの意図は説明されていないけど、雰囲気が前作に似ていて、前作のPithecanthropus Erectusと同じ方法論で作られていると思う。

 


泥臭く、ブルージーな曲。実にミンガスらしい。



Blues & Roots


本作ではミンガスの語りを文章化したものがライナーになっている。

それによると、『譜面は渡さず、メロディは各パートごとにミンガスがピアノで弾いて伝えた』そうなので、前作、前々作と同じ手法が使われているようだ。

 

 

内容はブルースに特化していて、筆者のお気に入り。


Mingus Oh Yeah


 

所有盤はプロモ。オリジナルと同じプレスかどうか分からない。

本作のライナーはまたNat Hentoff。方法論が同じだからミンガスは説明しなかったと思われる。

Mingus自身はピアノとボーカル(歌というより唸り声ですけど)を担当して、ベースはDoug Watkinsに任せている。推測するに、ピアノで演奏を主導することで、さらに自身の作曲意図を徹底させたかったんだと思う。

 

 

ミンガスの曲作りは実に論理的だったことがわかる典型的な曲。

いくつかの旋律を組み合せて、各人のソロを織り交ぜるという、凝りに凝った構成。ソロ奏者には枠組みを与えて自由に吹かせ、作曲意図と即興性を両立させるのがミンガスのやり方。

 


Atlanticの4枚(ボツ音源をまとめたTonight At Noonを含めれば5枚)は、同じ方法論で作られているので、4枚一組の作品群といえる。

Atlantic時代の方法論は、Columbiaに移籍してから、さらに進化していく。


Mingus Ah Um


本作ではライナーはDiane Dorr Dorbysekという人が書いていて、ミンガス自身ではないけど、譜面には音符が書かれていなかったそうなので、Atantic時代の方法論が継承されている。

Atlantic時代より洗練され、完成度が上がっている。ミンガスの代表作のひとつと言って過言ではないでしょう。もしもミンガス聴いたことがない人に、1枚だけ推薦するとしたら本作を挙げたい。

 

 

管のパートに息継ぎ部分が少なくて、こんな曲を吹かされるのはイヤだっただろうなと思う。

 

でもミンガスはメンバーの都合なんか関係なし。文句あるヤツは、ぶん殴って従わせる。実にミンガスらしい曲。

 


Mingus Dinasty

前作Mingus Ah Umよりさらに作曲の比重が増して、入念に作り込まれた作品。作曲と即興の融合というテーマはずっと継続している。

作曲と即興の両立は、1920年代からエリントンが実践してきたテーマであって、本作はエリントンに敬意を表したのか、エリントンの曲を2曲入れているのが特徴的。

本作のライナーノーツは、ミンガスが本作について語ったことが文章化されていて、どういう意図で曲を構成したのかが説明されているので、是非お読みになってください。

 


作曲と即興を両立させた先人・エリントンは、ソロ奏者がどんな吹奏をするかを念頭に置いて作曲した。それに対してミンガスの方法論は、使用する和声と音階を奏者に指示してアドリブさせるというもの。

ミンガスが尊敬してやまないエリントンの曲を、本作では2曲も取り上げたのは、『エリントンの手法をモダンジャズに持ってきたら、こんなやり方になる』という、ミンガスの提案だったのではないだろうか。


Atlantic時代からColimbia時代へと続いた路線は、さらに進化してImpulse時代へと続いていく。

The Black Saint And The Sinner Lady


Impulse時代は作曲のウエイトがさらに上昇した。本作はミンガス流の作曲の在り方が極限まで追求された作品。

単純な4ビート曲は一つもなく、リズムは複雑。即興演奏もあるにはあるけど、あくまで曲の上に置かれた飾りのような感じ。

ミンガス自身がライナーを担当していて、メンバーを紹介しながら、その人のエピソードと音楽的才能について書いている。ジャズというより現代音楽っぽい印象で、とっつきにくい内容だけど、レコードを手にとってライナーを読みながら聴いてほしい。


Mingus, Mingus, Mingus, Mingus, Mingus


Atlantic~Columbia~Impulseを通して追及してしてきた、作曲と即興の融合が頂点に達したうえに、演奏が生き生きとしていて、筆者が一番好きなミンガスのレコード。

「あれっ、なんか以前に聴いたことがあるような曲だな?」と思える部分がいくつもあって、旧作を焼き直したような感じがする。思うに、ミンガスはもっと良い表現を目指して、過去の演奏を上書きするような修正をしたんだと思う。

 


本盤は音質的にも素晴らしいので、ステレオ盤で聴いてみたい。


Mingus Plays Piano


大胆にも、ミンガスのピアノソロ!

筆者みたいなミンガスの大ファンならともかく、世間一般では売れそうもないピアノソロ・アルバムなんて、どうしてImpulseは認めたのだろう?

ミンガスの要求を受け入れる代わりに、Impulseも条件を出して、双方合意したみたいな取引があったのだろうか?

ライナーを書いたNat Hentoffによると、ミンガスは幼少期からピアノに興味があって、いつも家にはピアノがあった。バンドリーダーになってから、よくピアノを使うようになり、ピアノを弾いている時にはトランス状態になって、息をしていないようだった、、、、

この話がホントなのかどうか、知る由もないけれど、ピアノが身近な楽器であったことは確かみたいで、ミンガスとしてはピアノのアルバムを作ってみたかったのだろう。


最後にコレクター的なお話。

Impulseのレコード番号は35、54、60なので、ジャケ・盤はともにABC-Paramount、センターラベルはツヤありオレンジでオリジナル。

ちょっと不思議なのは刻印で、この時期のバンゲルダー刻印は小さな文字のVAN GELDERだけれど、Black Saint...の刻印はRVG。それもすごく小さな刻印で、他には見た記憶がない。一体どうなっているんだろう?


それから3枚ともジャケットには、エンジニアとしてBob Simpsonがクレジットされているのに、刻印はバンゲルダー。録音はBob Simpsonで、マスタリング・カッティングがRVGなんだろうか?