2025年5月5日
富士山本宮浅間大社の流鏑馬祭に行ってきました。
1193年、源頼朝が富士の裾野で巻狩りを行った際、武将を率いて浅間大社に詣で、流鏑馬を奉納したのに起因するといわれます。
本祭の5日には、市内練行の後、境内桜の馬場にて鎌倉武士の狩り装束のいでたちで、勇壮な小笠原流流鏑馬式が行われます。
5日10時の浅間大社流鏑馬式(古式・市無形民俗文化財)の様子です。
流鏑馬は、走っている馬上から的を射る武芸の一つです。
もとは、「うまゆみ」といい、のち「矢馳馬(やばさめ)」と呼び名を変え、転訛して「やぶさめ」となったという説があります。
平安時代末期ごろから、源氏の武士を中心に広がりをみせ、鎌倉時代には隆盛を極めました。
平安時代末期ごろから、源氏の武士を中心に広がりをみせ、鎌倉時代には隆盛を極めました。
現在、的中によって年を占ったり、当的・当矢を持ち帰りお守りとする神事として各地に伝わってます。
浅間大社の流鏑馬は、社伝によると建久4年(1193)源頼朝が富士の裾野で巻狩を行った際、当大社に流鏑馬を奉納し武運長久・天下太平を祈願したことから始まるとされています。
天正5年(1577)の『富士大宮御神事帳』、慶安3年(1650)の『富士本宮年中祭禮之次第』などにも記載されている800余年の伝統を持つ神事です。
流鏑馬自体は、5月5日の15時から奉納されますが、これに合わせて様々な祭儀が行われます。
これらは、本宮祭儀を行うための重要な意味があり、全部を含めて流鏑馬というそうです。
5月5日午前10時頃から浅間大社楼門前馬場で行われているのは、浅間大社流鏑馬式(富士宮市指定無形民俗文化財)です。
古来より浅間大社に伝わっている流鏑馬式となります。
地元有志による「浅間大社流鏑馬保存会」によって伝承されていて、武術的要素は廃れて、儀礼的に伝承されています。
宮司以下神職・氏子代表・参列者観覧のもと射手代官・古式射手が奉仕しています。
このあと、12時からの流鏑馬練行が行われて、15時からはクライマックスとなる神事流鏑馬式(小笠原流)が始まります。
800年以上の歴史を持つ、古式ゆかしい流鏑馬祭です。
11時になったので、どこかでお昼を頂こうと思います。




















