明日香村を歴史サイクリング・・・・・岡寺を経由して酒船石へ  | cotsplaceのブログ

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2021年10月29日

 

飛鳥駅前でレンタサイクルを借りて、明日香村を歴史サイクリングしています。

高松塚古墳~キトラ古墳~石舞台とめぐってきて、次は岡寺へ行きました。

上り坂のサイクリングは本当に疲れます、そろそろ下りになりそうな予感ですがあと一息かな。


 

岡寺は東光山真珠院龍蓋寺というのが正しい呼び方だそうで、

本尊は日本最大の塑像である如意輪観世音菩薩(如意輪観音)なのだとか。

 

 

西国三十三所第7番札所にもなっています。

 

 

 

お隣は治田神社でした。

 

 

治田神社が鎮座する場所は岡寺の伽藍跡にあたるそうです。

 

 

八幡宮と称していた時期もあったようで、応神天皇を祀ります。

 

 

治田神社は神明鳥居の奥に、厳かな本殿が祀らけれています。

 

 

治田神社の御祭神には、応神天皇の他にも素戔嗚尊、大物主命が名を連ねていました。

 

 

さて、岡寺を後にして、酒船石がある場所へ行きましょう。

 

 

竹林を進んだ場所にこつ然と酒船石が現れました。

 

 

酒船石とは、小高い丘の上にある花崗岩の石造物でした。
東西に置かれ、長さ(東西)約5.5メートル、幅(南北)約2.3メートル、厚さ約1メートルの石になります。
 

 

北と南の一部が欠けていて、上面に皿状のいくつかのくぼみとそれを結ぶ溝が刻まれています。

 

円形・楕円の深さ約10センチメートルの穴がで六カ所有ります。
 

 
中央は長楕円形で、各穴が溝で繋がっており、
主軸上を通る溝は幅10センチメートル、深さ3センチメートル、断面はU字形に彫られている。
 

 
江戸時代から多くの仮説が唱えられ、酒を造る設備、あるいは薬などを造るための設備ともされ、諸説あるが定かではないようです。
 

 
後の江戸時代に高取城を築城するため石垣用の石材として利用しようとしたと思われる石割用の矢穴跡が見られます。
 

 

矢印のほうに進んだら、下り階段が続いてました。

自転車で階段を下りるわけにもいかず引き返します。

 

 

でも、そこには酒船石遺跡の案内板が・・・・・

酒船石に加えて、平成12年の発掘で発見された亀形石造物と小判形石造物および砂岩石垣・版築などの周辺の遺構を含めて酒船石遺跡と呼ぶようになったそうです。

 

 

命名は明日香村教育委員会によるものだそうですが、研究者には酒船石と亀形石造物との関連性を疑う意見も強く、

この名称は適当ではないとの意見も存在するようです。

 

 

階段を避けて大回りして次の飛鳥寺を目指します。

 

近鉄あみま俱楽部のデジタルスタンプもゲットしました。

 

 

つづく