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ひょんるん・氣念象(きねんしょう)

人が、生き物が
本来持つ自然治癒力を最大限に発揮させたい
氣と念の力で現象化を起こす…【氣念象】

とことん丁寧に聴いてもらえるとすごく気持ちいいものです。

これはやっぱり実績を積み重ねたプロじゃないと…と感じます。

普通の方でも話を聴くのが上手い人は居ます。

でも、カウンセラーとは全然違うのです。

話を聴く意図が違うからです。
 

 
踏み出すだけの勇気なら、怖いもの知らずな人ならそんなに沢山は要らない。
踏み出した後、その結果の辛さに堪えることに勇気が沢山必要。

これは私が自分の行動を振り返って思ったこと。

物事の影響は後からやってくるから
それに堪える時に大きな力が必要になる。

そして、それに堪えて一生懸命取り組むと、自分が成長する。

嫌なことはどんどん吐き出してしまいましょう。


でも、どうせなら“いい吐き出し方”がいいですよね。


吐き出し方や、吐き出す相手はちょっと工夫したほうがいいに決まっていますよね。


だって、単なる悪口なんて言いたくないですもの


言わずにいられない思いが溜まるから外に出さなければならなくなるんです。


だから人に話したい…


でもせっかく話すなら本当に気持ちを解ってくれる相手にしたいものです。


解って貰えない人に話すと却っておかしなことになってしまいます。


自分が一番解ってほしかったことを、解ってくれる人に伝えて、気分爽快になりたいですよね。

 

 

悪口について

多くの人は悪口を言います。

全く人の悪口を言ったことの無い人なんて、探す方が大変でしょう。

人が悪口を言ってしまうなんて
本当によくある迂闊なことなんですね。

でも、それが気になって気になって仕方がなくって、精神状態を悪くする程になる方も居ます。

その方の過去の経験や性格などと深く関わっています。

今回とある相談を読み、
それについて思ったことを書きます。

おっしゃる通り、人が集まると悪口を言ったりする様なこともあるかもしれません。

一つ一つ真実を確かめたくなる気持ちはとても理解出来るし、しかももちろん自由だけど、切りが無いですよ。

いっそ悪口は言われて当たり前のものだと思ってしまうというのはどうでしょう?

人のサガだと。

あなただけが特別に言われているわけではありません。

もしかしたら、あなたは他の人よりは言われていない方なのかもしれません。

「ああ、なんか言われてそう、嫌だな」と思う時って
自分だけが特別に言われている様な気になっていないでしょうか?

でも、そんなことは無いのです。

誰でも言われます。

現に今、あなたは口にしてはいないかもしれないけれど、心で相手への不快さを思っています。

言っている人もいるし、言わないで思っている人もいます。

じゃあどうしたらいいか

空気の中のチリと同じ様に、人への不快感や悪口は当たり前のものなんだと思ってしまうのがいいと思います。

空気中のチリは好ましいものではないですけど、普段あまり気にしませんよね。

もう既に当たり前になってしまっているからです。

当たり前と感じるられるまで慣れましょう。

自分を取り巻く変えられない環境には、もう慣れるしか方法は無い様に思います。

最初は嫌でしょう。

「ああまたか」と思うでしょう。

でも繰り返し近くで見て接していると慣れます。
これは離れることが出来るなら離れた方がいいでしょうけど、そう出来ない場合です。

他の平気な人達は、もう慣れっこなのかもしれません。
だから自分でも言ってしまうんですね。
むしろ自分が言われた不快さを解消する為に自分も人のことを言ったりします。

言っても言われても、嫌だと感じる度合いが麻痺してきているのかもしれません。

悪口がとても不快なのは
悪口によって悪影響を受けるかもしれないという心配があるからですよね。

でも、実際どうでしょうか。

悪口で盛り上がっている人達の心の中は?

傍から見ると一見楽しそうに見えたりします。

でも、内心は…
この人、こんなこと言っちゃうんだ
こわいな
自分も思われたりしてるかもな
他の人と話してる時は、私のこと言ったりしてるかも
そんな思考がグルグル回っているかもしれません。

それに、悪口で盛り上がっている人達のことは、他の人達もそう見ているかもしれません。

悪口が流れ込んできても、最初は真に受けることもあるかもしれませんが、最終的にはそれを言った人の方を不快に感じてしまうこともよくあると思います。

不当に言われる側ばかりが損をする様にはなっていませんよ。
大丈夫です。

人は結構よく見ているものです。

人の冷静な判断というものを少し信じても大丈夫だと思います。

よく言われる
「言われても気にしない」なんていうのは難しいです。

実際、気になりますもん!

だから、気になるのは自然な心の動きなのでいいと思います。

大事なのは、言われてもあなたが変えられてしまうわけではないから大丈夫ということです。

そういう跳ね返す心の力をもっと強化するのが得策だと思います。

力が付いてくれば、安心感も上がります。

   ことゆめ
いじられて辛い子の相談を読んだ
中学生の男の子だ
部活動でのことらしい

まだいじめの段階ではないらしい
でも本人は耐え難い苦痛を味わっている

いじって面白がっているヤツ等に無性に腹が立った
どうせ自分の身の安全の為にその子を生け贄にしているのだろう
汚いな
このままでは我慢出来ない

さてどうする?

本人が自力で克服するというのは理想だ

でももう出来上がっちゃってる場では変えづらいかも

じゃあどうする?

一旦そこを離れる?



「私ならどうする?」MBA式で考えてみる

うーん、すごく悩むし考え込んじゃうけど、戦ってみる

このままじゃ悔しいもん

「やめろって!」と怒る

嗤われても

「笑い事なんかじゃないんだよ」

と言う

ギャーギャーうるさくて耐えられないならその場を立ち去る

部活だからまた行った時に何かいじめられたりするかもしれない

でも、中途半端にいじられるより
明らかにいじめられたら学校に訴えやすくなる

親や学校に頼る形になったとしても、自分をバカにしていじめてきたヤツを確実に叩きのめす

何もしないで逃げるよりマシだ


それで勝てたらすごく嬉しいし
今後の人生での自信にもなる

自分が逃げることになったとしても
一度は戦った経験値が自分に残る
これは宝になる


でも私はそれは勧めなかった

その子のキャラがわからないから

それに、ちょっと怖ろしかった

もしかしたらこの子は早まったことをしてしまうかもしれない
取り返しのつかないことになったら…

そう思うと緊急性が高く感じられた


ネットで相談するくらいだから
親には言えない事情があるのだろう

それでもまずは親から

そして、それでも駄目なら学校へと
相談を促した

顧問や担任では話が上手く上がっていかない可能性もある
最高責任者への直談判を勧めた

とにかく彼の命は救わなきゃ

老婆心ではあっても


大いなる光を見て…





「俺が作ったものは俺なんだ!」

この言葉が意味することがいいな。

先日見ていたTVドラマに出て来た言葉

この言葉が意味することは…

自分は自分のこの肉体だけではない

自分の肉体を超えて
自分が作ったものも自分自身

…そういうことだよね。

そう思えれば、自分が広くなっていいね。


広がる

もどかしいと思う気持ちで眠りに就く…
mogaki

伸ばした手の先に何を掴もうとしているのか…