思いっきり恥をかいて、自分を振り返り頭を抱えるほど悩んで、やっと学べることがありますよね。
悪気がないこと、当たり前になっていることほど、中々気付けないものです。
…それが、“思い込み”というものです。
私を例にすると、
ある部分においてだけ特化した“直感”という特殊な能力はあると思います。
一時期、それだけで食い繋げたのでそこは間違いないと思います。
重病で起き上がれない位酷い時もなんとかそれを使って生き延びることが出来たくらいですから。
でも、その代わり大きく欠けたものがあり、
それが自分を苦しめてきたと思います。
欠けたままにはしておけないと思い知りました。
人間、痛い思いをしないと、本当に思い知ることは出来ないものだと思います。
後から思うと繋がる全てのピース…
後から頭を抱える程ですが
その最中ではピンポイントで原因の中枢を掴むことが出来なかったりするものです。
思い込みって本当に固くて気付けないものです。
悪意は駄目ですが、悪意が無ければいいというものでもないんですね。
逆になまじ善意だという意識があると見えなくなることがあるのが怖いです。
でも、総合して言えるのは
「気付けて良かった」ということです。
ただ“気付く”と言っても、色々な段階があるんですね。
「何かがおかしい」とは前々から気付いているのです。
でも、その一番肝心な所には到達していないんです。
だから、自分なりにあちこち修正かけてはいるんですね。
でも、そこじゃない
ピンポイントで気付けないと駄目なんです。
あとは、それを真剣に直そうと思えるかです。
思い続けられるかです。
長年の問題となっている事というのは、自分の長所と感じている部分の裏の面であることが多いんです。
その場合、自分のアイデンティティーが崩れるような気がして直したいと思えない場合もあります。
…でも、そう感じる時はまだ中核からはズレているのかも知れません。
複雑に絡み合っていますね。
中核を捕まえるのは、それだけ難しいことです。