バルビゾンから印象派@大丸京都店 | cotory lab. of ART

バルビゾンから印象派@大丸京都店

招待券をいただいたので、大丸ミュージアム京都へ行って参りました。
駆け込みだったのですが、「おお、洋画のキホン」と思うものが見られました。
というのもおそらく、私の母がミレーが好きで洋画といったら「落穂ひろい」的な風景のイメージが根強いからだろうと思われ。こういったイメージというのは個人の来歴によるものではあるけれども、日本人はフランスの芸術が好きだし、おそらく「油絵」とか「洋画」とかいわれるものを単純に想起するときはこういった絵を思い出すことが多いんじゃないか、と思ったり。

--(引用)--
19世紀絵画の巨匠たち 
バルビゾンから印象派 
コロー、ミレー、クールベ、ルノワール、セザンヌ、シスレー…
--
本展では、自然や農村の風景を描き続けたバルビゾン派の画家たちと、アカデミックな絵画に飽き足らず変わりつつある社会的背景の中で、新しいスタイルを生み出した印象派の画家たちの、19世紀なかばの美術運動の流れの一端を、日本初公開の16点を含む合計85点でご紹介いたします。
--(引用終わり)--
mother


デパートの美術展なのに点数がやたらあって、いろいろ覆された気分でした。そこまで大きなものはなく、小品中心の構成、版画もあり、ミレーの落穂ひろいと同じ構図の版画などもありおもしろかったです。

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バルビゾン派(wiki )から印象派(Wiki )に繋がる流れをとらえる展覧会で、その違いがやはり「光の色」にあるのかなあと思われる展示でした。

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バルビゾンというのはパリ近郊のフォンテーヌブローのあたりにある村だそうです。私はそこに行ったことがあるのですが、フォンテーヌブローの森というのは、あかるくやさしい森です。日本でも北のほうの森になんとなく似ているところがあり、うっそうとしているのではなくて、やわらかく高く伸びた林というかそんな感じ。その森の絵もあり、森の中でこそ際立つ、制限された光が美しかった。
今回の展覧会の中でもバルビゾン派の絵は夕暮れや森の中を髣髴とさせる色使いで、なんだか秋の色。乾いた季節の、黄色いやわらかい光。その光はずっとあるわけでなく、もうすぐ消えてしまうといったような雰囲気のものが多く、そこにあるはかなさをとらえる画家の目がなんともいえず郷愁をかもしだしていました。制限されたものの中にある、静けさと物悲しさ。それは不安定な時代を反映したものなのかもしれません。
農業、牧畜や生活を題材にしたものが多く、フランスって農業立国だったっけな、と思い出したり。

水に映る光も、おとなしいものが多く、やわらかく、ていねいに描かれていました。

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しかし、やはりなにか制約があって、慎ましやかというのは私の感性にとってはそこまでしっくりくるものではないようで、印象派ののびのびとした筆遣いと、色使い、光との戯れ感のあるキャンバスに心は惹かれました。とはいえ、印象派の駆け出しの頃のものばかりだったような感じで、イマイチ欲求不満。やはりモネの睡蓮みたいにちょっとどぎついくらいのほうが…。点描のものやシスレーなどありましたが、控えめでやさしい。おそらく居間にかけるなどして毎日見ていて落ち着く程度の作品。そうやって見られる環境じゃなく、美術館で“オオ”って思うために観に行く分にはすこし欲求不満になったり(私の場合は・・・)

バルビゾン派の絵もそうですが、やはり印象派は特に、かなり離れて鑑賞する方が面白いように思いました。目が錯覚を起こして、すこし動いているような、光と風を感じるような気がして、そういう「生き生きとした」感じがなんともいえず。

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ぼけーっと遠くから眺めていたら、ある絵がとても気になりました。近づいてみると、ゴッホでした。ファン・ゴッホの『ホーヘフェーンの農場』1883年。一瞬何の変哲もない絵にも見えるのですが、小川が空を写している色がとても光を感じて、気持ちが良かったのです。バルビゾン派のような色使いにも近く、印象派以前のゴッホで、黄色い家みたいなパワーはないのですが、なにか引力があって、ゴッホってやっぱりすごいなと思いました。


[参照]
大丸ミュージアム
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