ポッパーとホイットニー美術館 / ホイットニー美術館展(2) | cotory lab. of ART

ポッパーとホイットニー美術館 / ホイットニー美術館展(2)

前回 は、ロスコの作品の感想を書きました。
今回は、抽象じゃないものを紹介しようと思います。

そのまえに、ホイットニー美術館の成り立ちについて。

 
ホイットニー美術館(Whitony Museum of American Art, New York : web )は、1931年にニューヨークにオープンした私立の美術館で、20世紀アメリカ美術の殿堂。
アメリカの富豪バンダービルド家の娘だったガートルード・バンダービルド・ホイットニー婦人によって設立されたこの美術館は、自身も彫刻を学んでいた彼女が、その当時、メトロポリタンにアメリカの作家の美術品を寄贈しようとしたところから始まる。20世紀初頭のアメリカでは、ヨーロッパの芸術をもてはやす傾向があり、アメリカ固有のものは、まったく地位を獲得していなかった。メトロポリタンに寄付金付で寄贈すると言ったのに断られた婦人は、自身で美術館を作るのに踏み切る(この辺大金持ちは違うなー)。
若い国アメリカの固有のものにこだわったこのホイットニー美術館は、非常にモダンなものを集めたので、最先端の動向を反映してきたコレクションを持っています。

ゆえに、この展覧会もそうした流れを紹介するような展示になっていました。



風景を描いたものでも、エドワード・ホッパー(HOPPER,Edward 1882-1967 wiki )の作品が、やはり象徴的だと紹介されていたし、私もまた、それを感じました。hopper1

ホッパーの作品は、古き良きだだっ広い平原のなかのアメリカの風を感じさせるようなもの(どこかにうら寂しさが吹きすさんでいるような)や、都市の人々の孤独を描いたようなものが多いようで。

画面の手前のほうに暗い橋げたが描かれていますが、全体としては色も決して濃く暗いわけでなく、淡く明るいのだけれど、(右上のほうの色などは、印象派を彷彿とさせます)なぜか寂しさと静けさを感じます。この近代的な大きな橋の絵では、橋の下に一軒の家があるのが特徴です。橋を取り除くと、田舎のうらびれた川辺になります。にぎやかな感じは全くしません。おそらく、そういうことなのでしょう。道がとおり、いろいろな物流の準備が出来ても、この家のように、古いスタイルの生活でいいじゃないかと思う人々が存在していたことを暗示しているような気がします。マァ私はアメリカ人じゃないので、よくわからないといえばわからないのですが。しかし、本当にさみしい。

hopper3 この絵はビラにも載せられていた絵です。
枠の向こうで、下着姿の女性が、こちらに背を向けて何かをしている(針仕事だといわれています)。手前の黒い縁が私たちを彼女の部屋の外に置いています。同じ空間を共有してはいません。かかっている額縁の絵も顔は見えません。都市の孤独を描いたものとして紹介されますが、綺麗な色使いなのに、非常に物悲しい感じがかもし出されます。

ホッパーの作品は、物語の一部であるような、ちょっと演出過剰な雰囲気も漂わせています。そのあたりが、アメリカ映画のような感じがして、ある意味ポップで俗悪な感じがします。ヨーロッパ風の気取った感じがしない、という意味において、やはりアメリカンなのかなあと。

(上:「クイーンズボロ・ブリッジ」1913年、下:「ニューヨークの室内」1921年ごろ)

次回以降、ジェスパー・ジョーンズについて、ロイ・リキテンシュタインとマチスの金魚については取り上げていきたいと思います。

それから、会場だった兵庫県立美術館についてはいずれ言及します。
安藤忠雄の海辺に置いたこの不気味な大きい黒い箱の存在感について。