熊本の産交バスで人気の日帰りバス旅で、
かねてから行きたかった“軍艦島”こと、
「端島(はしま)」へ行ってきました。
長崎港から軍艦島へ行くための手立てはいくつかあるようですが、
ツアーに組み込まれていたのは、高島海上交通(株)というところの
「軍艦島クルーズ」便→◎
同ツアーのなかで利用したのは午後便でしたが、
通常は午前・午後の1日2便、運航しているようです。
山坂にたちならぶ家々や
たくさんの造船所を眺め、
通称「ヴィーナスウィング」と呼ばれる、女神大橋の下を通って
沖合へ。
伊王島を経由して“軍艦島”と同じ頃、
炭鉱景気でわいた「高島」へ向かいます
港から歩いて2~3分で見えてきたのは、
三菱の創業者、岩崎彌太郎の像→◎
そしてそのすぐ傍らに、
目的地のひとつ「石炭資料館」がありました。
“軍艦島”や「高島」の歴史や往時の街並み、
ひとびとの営みをうかがい知ることの出来る資料が揃うこの場所で
上陸前の予習タイム!
規定の見学コースからは見ることのできない“軍艦島”の全貌も
この模型で知ることができます。
もともとは、中心にそそり立つ岩壁だけのちいさな島だった端島。
海底炭鉱で良質の石炭がとれるとわかってから、
炭鉱施設や作業員たちを住まわせるための敷地を確保するために
埋め立てられ、東京ドーム5コ分といわれる
現在の大きさになったのだそうです。
今でも歩いて回れるほどの大きさですが
(※上陸できるエリアは決められています)
本来の島は現在の1/3にも満たなかったというのだから、驚き!
草木がおいしげるスペースもなく、本来は“緑のない島”なのですが
子どもたちの教育のためにと、屋上緑化がなされている建物も。
もともとあった岩壁を境として、
島の南東側に炭鉱用の施設が、
島の北西側に社宅や病院、商店、娯楽施設といった居住用の建物が
ぎゅぎゅっと凝縮して建てられています。
よく見ると、人々が暮らすためのエリアの建物は、
防波堤にそうように、湾曲して建っているのですが。
そもそもこのエリアの建物が、
防波堤をも越えてくる高い波から、炭鉱施設を守る役割も果たしている
ということを聞き、なんだかやるせない気持ちになりました。
うーん…そういうものなのかな。。。
島の高い建物の屋上に避難し、
防波堤を越える波を眺めていることもしばしばだったそうです。
ちなみに資料館では、炭鉱で用いられていた道具が展示され、
高島や“軍艦島”での作業風景や人々の暮らしぶりなどを、
写真や資料で見ることができます。

主婦でにぎわう公設市場の風景や
無邪気に遊ぶ子どもたちの歓声が聞こえてきそうな写真もありました。
ひとしきり、見学を終え
軍艦島についての知識を深めたところで、いざ!
出発です。


















