12回目のありがとう。 | Seed of ...

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毎日のなかにあるしあわせのたね。きぼうのたね。えがおのたね。すべては、みらいをつくるもの。


12回目のトルコキキョウを飾りました。

電気屋さんやミシンの営業、
私が物心ついてからは、漁師や土木作業員など、
汗とサロンパスのにおいしかしなかった父ではありますが。


なぜかわたしのなかで
トルコキキョウは亡くなった父のイメージ。


父が好きだった花…なのかどうかはわからないけれど、
父がよく、仏壇に飾るために買っていた(気がする)花です。

だからあれから毎年この日は、
トルコキキョウを飾る日。


「孫の顔を早くみたい」とか「早く見せてあげなさい」とか
いろんな人たちに言われていたのに、
あの頃は仕事が楽しくて、お見合い話にも興味がなくて。

孫なんて見せられるわけもなく。

私はそのことに対して、わりと長い間、
申し訳ないなと思っていた気がします。


墓前で手を合わせるとき
「ごめんね」じゃなく、「ありがとう」と、
心の底から言えるようになったのは、かなり最近のこと。


今朝も家族全員で、
お墓参りに行ってきました。

(仕事が忙しそうだから、こっそり子どもだけ連れて行こうと思っていたら
「絶対にいきたい」と言ってつきあってくれた家人にも感謝)

お墓の前で、水をかける順番で
小さなけんかをはじめる3姉弟を見ながら、
おかしくってしかたなかったけれど。


それもまぁ、等身大のわがやだよね。と。
父に向け、心の中でウインクしたり。


先週の法事から、
同じような顔をしたたくさんのおじやおばたちの存在や
育ててくれた環境のこと、
いま、のベースをつくってくれたこと。


いろんなところで、父がのこしてくれたものを感じ、
受け継ぐということを意識し、
なにができるかしら?と考える最近です。


まずはあらためて。
心からの「ありがとう」をおくることからはじめよう。


お父さん。

ありがとう。