好きで好きでたまらないもの、

苦しいほど気になるもの、

が、あります。

 

 『言語』 です。 

 

それが分かったのは、25年くらい前、だったでしょうか。

新聞の記事で、ある療法士についてのことを読んだ時だった気がします。

 

子どもの頃からたくさんの言葉に触れてきました。

何かをする時、作る時、また、逆に

何”かをされた時、作ってもらった時。

すべての中に、言葉を感じていたのだと思います。

    

  

        

            クローバー

 

 

先日、また ある新聞記事を切り抜きました。

霊長類学者の 山極寿一さんの評論記事です。

”コミュニケーション”についてのものでした。

要旨はこういうものでした。

 

 

『長年、野生のゴリラと付き合って分かったことは、心を読むのに言葉はいらないということだ。ゴリラは強大な力を持っているし、気持ちを読み違えれば命を失う危険もある。

 でも仲良くなれば、心の許せる友人となれる。声を出せば答えてくれるし、目を見れば心がわかり、後ろ姿を見ただけで気持ちが伝わってくる。言葉が介在しなくても、ゴリラと気持ちを伝え合うことは可能なのだ。人類の祖先も、言葉を話すまでは、おそらく声やしぐさを組み合わせた態度で気持ちを伝え合っていたはずだ。

 実は今でも気持ちを伝えるのに意味のある言葉はいらない。「おはよう」「元気?」など中身のない言葉で十分だ。必要なのは言葉の持つ意味ではなく、声や身体の動きで作られる全体的な感触なのだ。

 

人間を含む猿谷類順延などの霊長類は、視覚優位の世界認識を持っている。視覚は互換のうちでまず物事を理解するのに用いられる。他者とたやすく共有できるからだ。次に聴覚、嗅覚、味覚、触覚の順に共有度が下がる。変な音やにおいがすると見て確かめたくなるのもその表れだ。

 しかし、面白いことに信頼を高める五感は逆で、触覚や味覚、嗅覚といった他者と共有しにくい感覚が重要になる。それは他社と直接触れ合い、体を共鳴させたときに味わう感覚で、体がつながったような気持ちになるからだろう。他者と共有しにくいからこそ、相手の気持ちを感じとろうとする心の動きが生まれるのではないだろうか。

 ことばもその感覚を伝える。ざらざら、すべすべ、べっとり・・・などの表現も多彩だ。しかし、これらの言葉は実際に体験してみないと腑に落ちないことが多い。他者も同じように感じているかどうか確かめることは難しい。でも、親密な人間関係を保つためには、視覚や聴覚以上にこれら三つの感覚を共有することが重要になる。

 

ことばは重さを持たず、持ち運び自由なので、時空を超え物事を伝えられるようになった。さらに、比喩を用いて性質の違うものを一緒にできるし、現実にはないことを描ける。「オオカミのように残忍な」とか、「天地がひっくり返るような大事件」などという表現である。そして、文字の登場によって情報の発し手がいなくても意味を持つ情報を伝えることが可能になった。

 

 ここに問題が生じた。そもそも言葉は話者が目の前にいて交わされるものだったのに、文字によって話者がいなくても伝えられるようになった。情報機器の発達によってその力がさらに拡大した。本来、言葉は五感を代替して想像される手段であって、コミュニケーションとしては不完全だ。話者の見えない言葉から気持ちを過剰に読んではいけない。

 

気持ちを伝えるためには、何百という優しい言葉を投げかけるより、じっと抱き合ったり、手をつなぎ合ったりする方がいい。コロナ禍で制約されている身体の触れ合いを情報技術に明け渡してはいけない。いのちをつなぐためには言葉の限界を理解し、もっと五感を生かすコミュニケーションを駆使すべきだと思う。

 

 

             クローバー

 

とてもおもしろい評論でした。

パスッ!と、私の思っていることに はまってきたのです。

 

生きていると、人間だけでなく 空気や色、植物や土、食べものなどからも感じるものがあります。そしてそれを、心の中で、何らかの言葉に変換しようとしている気がします。

そういう『言葉にならない ことばたち』に いつ日にか心を奪われて、私は『ことば』『言語』『伝達』ということが 気になってどうしようもなくなりました。

 社会人になってパン製造の仕事をしていながら、作るパン、焼き上がったパンたちとことばを交わしながらも、そのもにょもにょを消化できずにいました。

 

30代の頃 2年ほど言語の勉強をしました。

最後までできなかった。

消化不良のまま。

 

 

この2~3年、完全に心と体を壊して泣き通した後、

私は一体どうしたいのだろう、と考えると、

 

 

やっぱり、

やっぱり、

『言語』をもっと、知りたいのです。

 

・・・勉強、したいのです。

 

 

山極寿一さんが、私に再認識させてくださいました。。。