そう感じているあなたへ
魂の設計図
(ホロスコープ×アロマ)を、
暮らし・働き方・家族との関係を整える
「現実の一歩」へ変えるサポートをしています。
何があっても大丈夫!
人生は、ここから描き直せます🌿
▶︎ プロフィールはこちら
⋆。˚ ☽ ˚。⋆
【人生を描き直す物語②】
「家族のため」に頑張るほど、自分たちを後回しにしていた
結婚前の私は、
母との関係にずっと苦しんでいました。
母の過干渉と心配性は、
私にとって苦しくコントロールしようとされる感じがいやでした。
私は、自由を愛するみずがめ座。
束縛は、一番嫌いです。
母にとっては、優秀な道へいってほしい。
せっかく入ったメーカーの仕事を手放して
インテリアデザイン事務所に丁稚奉公というシステムで
それでも飛び込んだ私に対して
ずっと反対をしていました。
自分のやりたいことを見つけたのに
そんなのできないとずっと言われ
それでもやりたい!
あんたにはできるわけがない。と言われ
とにかく必死で、見返したいけれど
稼ぐこととは無縁だから、反対されるから
葛藤の日々でした。
🏠 母のもとから離れ、新しい家庭へ
だから私は、母のもとから逃げるような気持ちで
結婚したのだと思います。
結婚すれば、新しい人生を始められる。
自分の家庭をつくれば、
今度こそ安心して暮らせる。
そして、やりたいことを目指せる。
そんな思いがありました。
結婚後は、安心感に包まれたから
仕事でもやりたいこと、できることを
愛知県で経験してきた先生についていた仕事を
東京では、人手が足りないから
若手でもやらせてもらえる!!
インテリアと間取り変更の仕事につくことができました。
モデルの内装材の色決めもやらせてもらえ、
目指していた仕事に近づいたことで
喜びの仕事をしていました。
しかし、一方で、元旦那は私が喜びの仕事をしているうちに
さみしさを覚えていたようでした。
自分の仕事は、本当にやりたいことではないと。。。
私はお客さんから直接お礼などをしてもらえるが、
そうではない仕事で、いい仕事していると思えないと。
そんな悩みがあったようですが、
私が妊娠をして、仕事を辞めたら収まったようでした。
私は子どもが生まれたことで、
私の見える世界は大きく変わりました。
自分視点のなりたい・やってみたいことから
この子たちが生きる世界をよくしたい
そんな視点に一気にかわっていきました。
そして、自分の親にも、
これまで育ててもらった恩返しをしたい。
私は一生懸命、
親孝行をしようとしました。
🌿 家族を大切にするつもりが、夫婦を後回しにしていた
けれど、親を喜ばせることを優先するあまり、
私たち夫婦の気持ちや、
自分たちが本当に楽しみたいことを
後回しにしていました。
「家族のために頑張っている」
私は、そう思っていました。
でも、いちばん近くにいる夫が
何を感じているのか。
私自身が本当はどうしたいのか。
ゆっくり話し合う時間を、
持てていなかったのだと思います。
夫婦の間にできた寂しさは、
少しずつ大きくなっていきました。
そして夫は、ほかの場所に
心のよりどころを求めるようになりました。
✏️ 子育てをしながら、夜中まで図面を描いた日々
その頃の私は、
建築の仕事へ戻ろうとしていました。
ブランクがあったため、
建築設備や使われているものも
すっかり変わっていました。
以前勤めていた会社から
在宅でできる仕事をいただけたため、
私は家で設計の仕事を始めました。
けれど、慣れない土地での暮らしに、
妊娠、出産、子育て。
さらに、ブランクを埋めるための勉強と
在宅での設計業務が重なりました。
家にいるのだから、
仕事も家事も子育てもできるはず。
当時の私は、
そうやって何もかも一人で抱え、
自分の限界にも気づかないまま
頑張り続けていました。
夫の浮気、そして離婚へ
心も身体も、
すでに限界に近づいていました。
そんなとき、
夫の浮気がわかりました。
私は家族を幸せにしたくて、
必死に頑張ってきたつもりでした。
それなのに、
なぜこんなことになったのだろう。
何がいけなかったのだろう。
もっと夫の気持ちを見ていたら、
何かが違っていたのだろうか。
私は何度も自分を責めました。
けれど、夫がほかの人を選んだことまで、
すべて私の責任だったわけではありません。
今振り返ると、私はずっと、
誰かの期待に応えること。
親を安心させること。
家族の役に立つこと。
それを「愛すること」だと
思っていたのかもしれません。
けれど、本当に大切だったのは、
外側から見える家族の形を守ることだけではなく、
自分の気持ちも、
目の前にいる人の気持ちも、
安心して言葉にできる関係を育てることでした。
🌸 人生にも、見えない土台がある
家も、外観や内装だけを美しく整えれば
安心して暮らせるわけではありません。
目には見えない基礎や構造が、
暮らしを支えています。
人生や家族も、同じです。
誰かのために頑張るだけではなく、
自分たちはどう生きたいのかを話せること。
それが、家族を支える
見えない土台だったのだと思います。
私にとって離婚は、
築いてきた人生が崩れてしまったように感じる
大きな出来事でした。
けれど、そこから私は、
もう一度自分の足で生きるために
建築の仕事へ戻っていきます。
しばらくは、子育てに合わせて
融通を利かせてもらえる設計事務所で働き、
その後、私は一目惚れした
デザイン工務店へ転職しました。
そこで、忘れられないほど美しい建築と
出会うことになります。
次回は、造作家具まで図面に描き、
完成した空間の美しさに涙が出るほど感動したこと。
そして、息子の弱視と
入学式前日の出来事をきっかけに、
大好きな仕事を手放した頃について書きます。
▶︎ 第3話|息子の弱視がわかり、デザインの仕事を手放した日
▶︎ シリーズ目次はこちら