同時に祖母は圧力に強い人だった。

だから交番の若造と何があったか

知らないが屈しなかったのだと思う。

権力とか上からの押し付けを

跳ね返す気概があった。




幼い頃、4歳上の兄と時々喧嘩して

父に二人共、外に放り出された事が

何度かある。

大抵は縄張り争いだった。

人は小さな縄張り争いから

領土問題にまでも発展する。




コタツの中でぶつかる足が邪魔だ!

そっちにやれ!

みたいな喧嘩は珍しくもない。

そんなつまらぬ喧嘩がヒートアップ

して外に出されると靴下を

履いていない冬の夜は結構、

寒さが身に沁みた。

素足で地面に立たさる時は心底

冷たかった。




そんな時、兄はいち早く父に

謝罪した。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」と

臆面もなく何度も言い、家に入った。



何故そんなにも簡単に謝るのか、

心から反省して、

父に要らぬ心配を掛けた事への

謝罪では無い事くらい

幼い私にも本能的に分かった。

ただ寒いから、 

家に入りたいから謝るだけだ。

言ってみれは謝る振りだ!

見え見えだった。

そういう事に目を向けない父にも

腹が立った。

それってどうなのよ‼︎

そんなんでいいんかい‼︎という

想いを口にする事も訴える事も

出来なかったが勿論、

私は謝らなかった。




だって謝るなら私に対しての筈。

先に言い出した事への謝罪が先ず

私にあるべきだ。

それなのに私を飛び越し父に謝るのは

圧力に屈するからだ。

何だよ、不甲斐ない!





〈そういうのを不甲斐ないと

         言うんだ!〉





母も祖母も簡単には助けてくれない。

多分、父に「放っておけ!」と

言われているに違いない。

そんな時、我ながら

自分の決意がドンドン固まって

行くのが分かった。


そう、まさにそういった心境だった。

足が冷たくなってもし、このまま

息絶える事があったとしても

ごめんない!と謝罪して

家に迎え入れて貰うのは違う‼︎と

思っていた。

それは理に叶わぬ事だった。




幼いながらに父という権力に

屈しないプライドを持っていた。

それこそこんな時に呆気なく

謝るなんて女が廃るんだよ‼︎



     〈女がすたる〉




という心境だったと思う。

勿論、幼なかったのでそう論じる事が

出来た訳ではないが...




そして結局、最終的に助け船を出して

くれたのは祖母だった。

意地っ張りな私が白旗を揚げる訳が

無いと判断した頃、

「成らぬ堪忍するが堪忍」と言いつつ

私の手を引いて玄関に入れ

温かいタオルで足を拭いてくれた。





お婆ちゃんは母方なので

父とは義理の仲。

お互い多少の遠慮という距離が

あったものと思う。

だから「私に免じて...」と

取りなしてくれたのだろうと思う。

何たってお婆ちゃんは

妻の母親なのでそう無下には

出来るはずも無い、

それを承知の上だろう。




お婆ちゃんは中々の

手だれ、だったのだと思う。