苦境に立たされていた時、途方に

暮れていた時、「私に出来る事は

ありませんか?


宜しければ応援団長をやらせて

下さい!」と

仰ってくださった方が居る。



その方、H女史とはひょんな事が

ご縁でお付き合いが始まった。

始まったのだが、間もなく女史は

仕事で日本を離れ

暫く疎遠になった。✈️



私は長期間に渡り粉を原料とする

食品の製造販売を生業としていた。




数年して女史が帰国し再び

お付き合いが始まり以前よりも更に

親しい間柄となり、

私共が扱う食品を定期的に大量注文

して下さるようになった。



お一人様の女史はとても一人では

消費出来ない量を購入して下さり

更にお付き合いのある方々にギフト

としてのご用向きにも利用して

下さるようになった。


その注文方法は

主にfaxを多用されたのだが

ご注文時その御礼と先様の住所、

電話番号、お名前、商品名、数量の

確認などと共に時候のご挨拶、

その時々の身近な出来事等、短い

コメントを添えるようになった ✒️🗒️



それは無愛想にならない程度の

親しみに配慮し、友人ではないので

砕け過ぎない程度の距離感を保って

いたであろうと思われる。



思われるという曖昧さはとどのつまり

実は私にとって殆ど記憶にない

事であり、日常に埋没してしまう程の

些細な事であったのだと思う。