母に寄り添って ~その10~ 兄との確執 | 専業主婦万歳

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今までこっそりと読者になって読んでいたブログの登録をやり直ししています。

入院に先駆けて色んな事を整理している挙動不審な行動のcotaをお許しくださいませ(笑)

 

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今月の検索キーワード1位

なんでなん?笑

 


 

 

 

 

 

その頃、実家にはまだ兄が残っていた。

 

光熱費や水道代など、母が施設に移って1年ぐらいは私が払い続けた。

 

家の名義はとっくに私になっているので、固定資産税や火災保険も支払っていた。

 

理由の一つに母の少ない年金がそこに振り込まれるので、口座を閉めるのが面倒だった。


 もう一つは過大な親の加護の元で育った兄が、突然に光熱費を払わされることになると

怒り狂い出すと思ったから。

 

後者が9割だな・・・

 

「またぁ~?」って声が聞こえそうだけど、実はこの兄に一番たくさん殴られたんじゃないかな?

 

だから近づくのが怖いんですね・・・鼻血ブーなんて覚えがないぐらい(笑)

 

瞬間激怒しますが、理由はわからず・・・一定の法則の上に成り立っていません。

 

そうは言ってもいつまでも払い続けられないし、銀行引き落としを止め、自分で払うようにと

置き手紙をした。

 

 

がケアハウスに入所して2年が過ぎようとしていた頃、透析も25年になり、表彰を受けた。

 

その間も入退院を幾度か繰り返し、ついに脳梗塞をおこし半身麻痺と言語障害の後遺症が残った。

 

1ヶ月以上の入院でケアハウスは席を失う。

 

また新たな施設探しが始まった。

 

自立歩行もできない透析患者である母のお世話をしてくれる所なんてないだろう…と

悲観的になっていた。

 

その頃から「もう家に引き取ろう」と思い始めていた。

 

悪の根源である言葉がなくなったのだから、何とかなると思い、家の近くで透析を受けられる病院を

探した。

 

何軒も何軒も電話をして話しを聞いて断られて・・・

 

最後に辿り着いた病院が透析から入院まで一気に引き受けてくださることになった。

 

今までの病院は完全看護とは全くうそ偽りで、入院する度に食事介助に呼ばれていたので、

「食事介助はしてもらえますか?」と尋ねたら、


「そんなお手間はかけませんよ」と笑って言って下さった。

 

「一人でお世話するのは大変だから、引き取ることは考えず、体調の良い日だけ外泊と言うことに

したらいかがですか?」とおっしゃって下さり、目から鱗が落ちような気がした。

 

ここなら安心して母を預けられると思った。

 

 

転院の1週間前に母はあっけなく亡くなった。

 

74歳だった。

 

梅雨明けの遅い7月半ば過ぎの空に、見事な入道雲が立ち上っていた。

 

あの日の雲は生涯忘れないだろう。
 

 


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