1993年10月28日カタール・ドーハ。
W杯アメリカ大会を目指していたハンス・オフト監督率いるサッカー日本代表は、最終戦のイラク戦で、2-1でリードしていた後半ロスタイムに追いつかれ、W杯の切符を逃しました。
あれから20年。
W杯最終予選の最終戦の地は、くしくもカタール・ドーハで、相手も同じイラク。
いわゆる「ドーハの悲劇」から20年。
今は一試合残して1位通過決定、最終戦は消化試合という日本の状況には隔世の感があります。
自分自身を振り返ってみても、この20年は本当にいろいろなことがありました。
日本のサッカーをめぐる環境も大きく変わり、今ではヨーロッパでプレイする選手もたくさんいます。
対戦相手のイラクにいたっては、サッカーだけでなく、国全体がまさに激動の時代でした。
2007年にイラクがアジア杯初優勝を成し遂げたときは、イラク人でもないのに、イラクの歩んできた日々を想って感動したのを覚えています。
今回の予選では、国内の治安の問題で、イラクはホーム開催の試合を中立国で行わざるをえませんでした。そのため、カタールのドーハで試合が行われたのです。
そんなイラクですが、昨日の試合では度々日本のゴールを脅かしながら結局退場者を出し、10人になったところを仕留められてしまいました。
6月の中東カタールの暑さのせいか、メンバーを大きく変えてきたからか、日本は本来のサッカーができず、かなり苦戦していたと思います。
そんな中、相手に退場者が出たとはいえ、しっかり勝ちきれたところに、ここ20年の日本サッカーの歩みというものを感じます。
思い出したくないはずの記憶なのに、ついつい昨日は20年前のドーハの悲劇を思い出し、感慨にふけっていました。
私の中で苦い記憶として残っていた「ドーハの悲劇」という言葉は、今となっては「懐かしい思い出」になりつつあるようです。
周りの環境や時間、人が変わると、言葉によって呼び起こされる感情や思いというものは変わってくるのかもしれません。
昨日はそんなことを思わされた試合でした。