『長い旅の途上』 | blueのブログ

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“おそらく一番懐かしものは、あの頃無意識にもっていた時間の感覚ではないだろうか。過去も未来もないただその一瞬一瞬を生きていた、もう取り戻すことのできない時間への郷愁である。過去とか未来とかは、私たちが勝手に作り上げた幻想で、本当はそんな時間など存在しないのかもしれない。そして人間という生きものは、その幻想から悲しいくらい離れることができない。それはきっと、ある種の素晴らしさと、それと同じぐらいのつまらなさを内包しているのだろう。まだ幼い子どもを見ている時、そそいてあらゆる生きものたちを見ている時、どうしようもなく魅きつけられるのは、今この瞬間を生きているというその不思議さだ。”

 

『山カフェ』で紹介された一文に惹かれて辿り着いた星野道夫さんの遺稿集。やはり珠玉のエッセイだった。子供は何故走るのか。それは彼らが過去でも未来でもなく今を生きているから。先日、鷹ノ巣山からの帰りに『安部礼司』もそう言っていた。

 

”ベトナム戦争では、より多くの黒人が、より危険な前線に送り出されたように、エスキモーやインディアンの若者たちもまた同じ運命をたどった。戦争で5万8132人の米兵が命を落としたが、戦後、その3倍にも及ぶ約15万人のベトナム帰還兵が自殺していることはあまり知られていない。”

 

まだまだ知らない歴史も多い。

 

”人が旅をして、新しい土地の風景を自分のものにするためには、誰かが介在する必要があるのではないだろうか。どれだけ多くの国に出かけても、地球を何周しようと、私たちは世界の広さをそれだけでは感じ得ない。が、誰かと出会い、その人間を好きになった時、風景ははじめて広がりと深さをもってくる。”

 

そう言う旅をしたい。

 

武満徹の言葉

「この世界を、もうどうしようもなくなっているのに、やはり肯定したい気持ちにさせられる。あきらめと希望が同居し、明るさと悲しみが一緒くたになのに、私は明日のことを考えている」

 

それが音になっている。

 

”クジラは圧倒的な生きものだった。僕たちは巨大なクジラに感動する。だがそれは、生命のもつ不思議さというより、一頭のクジラの一生を超えた果てしない時の流れにうたれているような思いがする。それは人間をも含めた生物の進化とか、地球とか、宇宙につながっていくような存在だった。”

 

想像することはできる。しかし、いつか本物に出会えるだろうか。

 

ルース氷河を旅した子供たち。

”日本に帰って、慌ただしい日々の暮らしに戻り、ルース氷河のことなど忘れてしまってもいい。が、5年後、10年後に、その記憶を知りたいと思う。一つの体験が、その人間の中で熟し、何かを形づくるまでには少し時間が必要だ。

子どものころに見た風景が、ずっと心の中に残ることがある。いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり、勇気を与えられたりすることがきっとある。”

 

それを蘇らせてくれるのが『こころ旅』だな。