随想起抜 『ボヤキ』 | 異端のTourism Doctrine

随想起抜 『ボヤキ』

随想起抜 『ボヤキ』

 

大体がだ、努力もせずして己が才能について有るとか無いとか考えること自体が烏滸がましいのである________等ということは、ンなもなぁ判り切った話であるわけで、他人様の書くものを読み、ふと我が身を振り返えると打ちひしがれるノデアル。こうなると吐くまである。ガックシするのだ。

 

特に「神経」の使い方に顕著にあらわれる。

爪先から頭のてっぺんまで徹頭徹尾に拘り抜き、使用する漢字、言葉、句読点、段落、改行etc。一部のスキもない仕上がり。これがプロと云わんばかりの存在感と完成度。

誤字脱字など何をか況やの体。

 

こういう現実を目の当たりにすると吐きたくなるのであり、些か草臥れはてた骸に引き籠りたくなってくるのである。

完成度を突き詰めるという感性がわたしの場合は劣悪なのである。

いや寧ろそれは醜悪まである。

 

例えばヨ。"わたし"と書いてみたり、"私"と書いてみたり。

読み返しているわけだから分かるはずなのだが、ある時突然目につきはじめ愕然とすることになる。昨日の夢殿でもみつけたのだが、吐くでしょ ? 吐くのよ。気持ち悪くなるのである。

 今こうして書いていても寒気がしてくるほどなのだ。

挙句が、そういうレベルの作品を上げておくことを「恥」であると認識しているにもかかわらず後回しにできる性質が如何ともしがたい。

そもそもこのような細かなところから努力をしなければならぬということに直面すると高い壁を感じることになる。

 

こんなものは文学以前の「国語」レベルの話しであるからして

マタゾロ具合が悪い。が、わたし……現国とか赤点取ったこと無いし。10段階評定7、8だったんだけどね。特に読解力は高かった記憶があるのだが。

 

(*´Д`)ハァ~ ぼやくわぁ。。。