ショートショート「約束」注)落ち無しw 3740字5分以内 | 異端のTourism Doctrine

ショートショート「約束」注)落ち無しw 3740字5分以内

「根来君、大丈夫だろうね。今日の理事会……進捗状況を報告することになっていたはずだが、例のアレ」


「これは山本専務。お疲れ様でございます。えぇ~アレなんですがねぇ、正直なところまだ報告できるレベルには至っていませんでして。裏面からのアクションは後々のことを考えるとロサンゼルスの手を使うことは避けたいところでしたから、カナダの支局経由でその筋のシンジケートに依頼してあるのですが……小谷側の代理人のガードも固く、代理人本人に近寄ることすら出来ないと報告が届いておりまして。さてどうしたものかと」


「グローバルメディアサービスの代表である根来君の差配をもってしてもガードが堅いと云わしめるか……。しかし流石に今日の会議、会長の前で接触できませんでしたと云うわけにはゆくまい。局の野武士、国対委員長と云われる君を抜擢した会長の顔を潰すわけにもゆかぬだろう。まして来シーズンのロジャースの放映権料の拠出と青黒歌合戦の審査員ゲスト参加を包括案件にしてはどうかとテーブルに広げたのは他ならないグローバルメディアサービスだからね」


「…… まぁ、表と裏の両面から攻めているのですが、ご承知のように敵さん、難攻不落、鉄壁のガード。キックバックと銀座詣でに靡く先生達と勝手は違って、金は要らない、勝ちたいだけという手合いですから、攻めあぐねているというのが正直なところです。なにか良いお知恵あったらお授け下さいよ。次期会長であられる山本専務」


「おいおい君は_____めったなことを云うものではないよ。コンナトコロデ」

 

 

東京・渋谷のとあるテレビ局。年末に控えた青黒歌合戦を抱えた理事会・経営戦略会議は理事長兼会長、副理事長、副会長も参加した会議だった。
 小谷のデーモンズ移籍入団以降、ここまで六年間の関係値を背景に球団との遣り取りは蜜月関係といえたものの、23年シーズン後半、そう、小谷が故障をして以降冷え切ったものとなっていた。挙句が局サイドの祈りと思惑は霧散、小谷はフリーエージェントでロジャース移籍を決めてしてしまったのである。
 局にとっては都合の悪いことは重なるものであり、オリップスから25歳の海本までがロジャース入りを果たしていた。
編成からも放映権料が恐ろしい数字になっていると悲鳴にも似た声が根来の元に届いていた。
「あのマスコミ嫌いにここまでしなけりゃならぬのか~そんな思いも無くはない、云うたものの、なにせ受信料を払っている国民の声が五月蠅い。これはなんとかバーターに似たものを引き出さなくては……」というのが経営戦略会議メンバーの口を衝き根来の元に齎されていた。が、何せ小谷という選手。つけ入るスキが無かった。アンチの中には"畜谷"などと揶揄する向きも存在したが、これとて寧ろ"完璧"な存在に向けられる精々妬み僻みのレベル。兎に角、浮いた噂が無いのが悩みの種だった。在京キー局自慢の女子アナを現地に飛ばし、取材を試み黄色い声で挨拶しても小谷は"明後日"を向いたままにそっけない返事を返すことで知られていた。

「12月24日21時からの特番制作のために張り付いた制作会社のPも、事ある毎に小谷サイドにゲスト審査員の話しを打診したようなのですが……手術後ということもあり、リハビリを持ち出され、六時間近くの拘束が発生する年末の青黒歌合戦となると、色よい返事は中々聞けないそうです」とロサンゼルス支局の海部からの報告も届いていた。


 

 この数年。局としてはロジャースの窓口との関係はけして良くは無かった。日本人選手……数字を獲れる選手がいなかったことから、ロジャース戦の中継をDS放送に繋ぐことはほとんど無く、球団編成部や球団経営室とのホットラインを持つには至っていなかった。そんな中、小谷の移籍が報じられて直ぐのこと新規のアライアンス放映権料が高騰をみせたのである。
 確かに小谷を中継すると数字は取れる。しかしスポンサーを持てない局の泣き所。近年の製作費の高騰にみる費用対効果は悪化の一途を辿っていた。国民から徴収する受信料についても盤石というわけではなかった。国民のテレビ離れが加速しDS放送のみならず、地上波の契約すら減少の一途を辿っていた。


 そんな中、今年の青黒歌合戦は様々な問題も抱えた中での開催。小谷のゲスト審査員登場はこの上ない「保険」となり得ていたのである。
「根来理事、なんとか小谷の招へいをお願いします。この通りです。わたしも将来がかかってまして、今回の数字次第で飛ばされるか昇進かという微妙な立ち位置。チビが小学校に上がったばかりでして……今回の御恩はけして忘れません。どうか、どうか小谷を」
青黒歌合戦の制作責任者である疋田も根来に頭を下げに足を運んでいた。

 

 

「ご参集の役員はじめ担当部局責任者の皆さんお疲れ様です。只今より2023年度最後の理事会・経営戦略会議を始めます。まず初めに会長からお言葉を頂きます」

 

司会の会長室室長の高橋が速記係に耳打ちをする。速記係はペンを机上に置いた。見慣れた光景いつものことだった。ある出来事を契機として会議へのスマホ持ち込みは禁止され、持ち込んだ者は司会の高橋に預けるよう定められていた。ところがそれ以降、会議の席で参加者が手にするボールペンが変わりはじめた。いや、申し合わせたようにお揃いのボールペンが机上を賑わせたのである。一見して遠目ではそれと分かることの無いスタイル。書くことだけが目的のボールペンにしか見えなかった。しかしその存在は書くことよりも寧ろ「保身」を目的としたボールペンだった。「グレネードだ」根来は机上を行き来するボールペンを眺めると独り「グレネードだ」と呟いた。
いつの日かボールペンに録音された言葉が誰かの首を絞めるだろう。根来は焼け野原と化した会議室に想いを馳せた。


「みなさん激動の2023年もあと数日で終えようとしております。国際社会を眺めてみても国内情勢を眺め見ても実に多くの云々……中略…… 自民党派閥議員のキックバック問題とて、我が局にとっては他人事ではありません。様々な子会社を経由し購入したパーティー券ですが、それが派閥議員に還流されたとなれば、局からのキックバックも同然。今のところ各メディアは同病相憐れむからでしょうか。当局によるパーティー券購入の事実は目隠しをしたままとなっていますが、白日の下に晒された暁には、国民の税金から助成を受けている側面もある我が局に対する視聴者の目は一層厳しいものとなるでしょう云々……中略……
さて、そこで年末大晦日。ことしはアイドル歌手の事務所問題などから、視聴率については厳しいものとなることが予測されるわけですが、グローバルメディアサービスの社長を務める根来君の活躍によって、メジャーリーグの小谷君をゲスト審査員として登場してもらうという大きなプロジェクトが進んでいることは皆さんご周知のとおりです。先日、総理主催の懇親会に参加した時にも_______パーチィーではないよ。懇親会だ。総理から釘を刺されております。【小谷は呼べるのだろうね】と。総理も国民名誉賞を押し付けたくて仕方がないんだろう。こうも支持率が低いようでは人気者に頼るほか無いということか。ま、あだしごとはさて置きつ、根来社長、では進捗状況…… いや、結論かな。報告をヨロシク頼みます ! 」

 

「会長、有り難うございます。みなさん。根来でございます。さて、グローバルメディアサービスが中心となり進めておりました、青黒歌合戦のゲスト審査員に小谷選手を呼ぶというプロジェクトでございますが_______ご存知のように、今般、オリップスから移籍となった海本選手もロジャース支配下選手となり、話題性と市場価値は大いに上昇しておりますことは改めて申し上げるまでもないでしょう。そこで私どもではこの際二人纏めてゲスト審査員に呼ぶ方向で話しを進めておりまして。この二人がセット、ニコイチで出てくれれば年末の視聴率は当局の一人勝ち。視聴者からもお褒めの言葉を貰えるものと自負しております。既に、ロスにはチャーター機を準備し、日本到着後は二人纏めて当局へ連れてくるよう手配済みです。小谷選手一人ですら難しいのですから二人であってもその難しさは変わりません。寧ろ行きがけの駄賃と肚を括り。二人纏めてぐらいの気持ちも大切だと思っています」

 

「根来君……大丈夫かね。巷では局の強硬姿勢がだいぶと揶揄されているが、魔坂、ノッピキナラナイような禁じ手などは使っていまいね。まぁ、どんな手を使いましたと"ここ"で云われても素人の私達などは困るわけだが」


「田上副会長大丈夫です。慣例は身に付いております。皆さんはご自宅のテレビの前で青黒歌合戦をご覧いただくだけで良いのです。残念ながら小谷選手の姿勢から現時点において決定事項としてお伝えすることはできませんが、必ずやご期待に添うことをお約束申し上げます」

 

会長の拍手を契機に会議室内は拍手に包まれた。
根来の目線は机上に落とされ、机の上に置かれたボールペンにその視線は注がれていた。

 

 

 

※本作はフィクションであり、登場人物、会社などは凡て架空の存在であり、作者の妄想と劣悪な脳の稼働の結果より導き出されたエンタメ小説のようなものである。
従って、好きか嫌いかは読み手が勝手に判断すればよく、それ以上でもそれ以下でもないことを書き記す。

 

 

良いお年を♬