◆永久保存版・"原題 The Savior For Sale" "邦題 ダ・ヴィンチは誰に微笑"
◆永久保存版・"原題 The Savior For Sale" "邦題 ダ・ヴィンチは誰に微笑む"
この系統のリリースが出る度に、私の関連原稿のアクセスが飛ぶ(笑)
もうね、永遠に出続けて欲しいとすら思えるのですが。
なんだろね、このSalvator Mundi って。
あのね、誰が描いたか・・・・・・という処じゃないね。
皆が注目しているのは。
私にとっては、ダ・ヴィンチだろうが、彼の弟子をはじめとするシンジケートの手による作品だろうが正直言って興味対象とはならないのです。
何故なら、そこを争うことは不毛だからに他なりません。
だって、専門家ですら白黒つけられないのに、素人がそれに口出ししたところで不毛でしょ?
でもね、何を描いたかは違う。
画という事実があるのだから、客観的に観ることは可能なのです。
世界もそれに気付き始めている。
だから、専門家が使う「キリスト画」という言葉と「ダ・ヴィンチ作」という整合性が見いだせず、結果、偽物であり、ダ・ヴィンチではないという憶測が流れる。
しかし、見えた様に解釈すると________ダ・ヴィンチを前提とした新たな意味づけが可能となる。
多分ね、違うのよ。既に世界は「誰が、何を描いたのか」という処に興味は向かっている。
いくら払って、騙されてるかもしれない画~というだけで
ここまで馬鹿馬鹿しい大仕掛けを試みるっていうのも~コメディだよね。
私に言わせれば、このドキュメンタリー作っている制作側も
修復や売買に関わった人たちと同じ種類の人間に想えるのね。
永遠に、泥鰌狙ってるわけよ。
皆で。
誰も結論、答えは持っていない。
「誰が描いた、何を描いた」その答えを持っている者は、この世には存在しないのよ。
凡ては可能性でしかない。
なのに「キリスト画」として限定的に扱っている。
その馬鹿馬鹿しさには目もくれず。宗教的ドグマに雁字搦めにされながら。
言えることは・・・・・・・
修復に携わった人々がいる。
鑑定に携わった人々がいる。
売買に携わった人々がいる
オークションを主催した人々や、そこに出品した人々がいる。
落札した人とがいる。
ダビンチ没後500年展では、この画を貸してほしいと頼んだ美術館がある。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ作」という冠をつければ貸すよと云った持ち主がいる。
本を書いた人たちがいる。
ドキュメンタリーを作った人たちがいる。
そして、顔の左右がアンバランスだ。女性を意味づける肉体的特徴が見える、四分割画像を斜めに組み上げるとバランスが担保される、光輪が無い、青一色だetc
これが"リアル"。
ダ・ヴィンチさん。
多分、大笑いしていると思います。
あっちの世界で。
しかしね、何度でも言わせて頂くけど
あの画を「キリスト画」とする人々は、ダ・ヴィンチの描画能力というものを、どの様に始末をつけてらっしゃるのでしょう。あれがキリストだとするなら、下手でしょう。
この前でも書きましたが、宗教的ドグマに支配され、真実が見えなくなっておられるのでしょう。
これね、「陽出る国ジパングから観た救世主像」なんていうタイトルつけて世界公開したら
確実に受けると思う。
そりゃ当然、主役は私やります(笑)
今迄出てきた関係者に、全部聞きます。
『あんたには、これが何に見える?』って。
~了~
おかげさまで_________________




