◆永久保存版・中秋前の感謝活け~その心は「恋によって身が細る」とな。
◆永久保存版・中秋前の感謝活け~その心は「恋によって身が細る」とな。
夜明けぐらいからポツリ・・・ポツリと降り出した雨が、そぼ降りへと変わり始めた。
朝食後、水も入れる必要のない畑に散歩がてらのんびりと歩みを進める。
表通りは車で渋滞している。
畑に到着し、関わらせて頂いた植栽を眺め歩く。
T氏の畑に植栽を施したものは順調に育っている。
例のK氏のジャガイモも、私の隣のT氏のジャガイモも順調である様子に胸を撫でおろす。
目出度し目出度し。
F氏の更新剪定後の茄子が、いよいよ佳境へと入ってきた。
あと二日もすれば、取りごろを迎えるだろう。
秋ナスの収穫は、あまり大きくし過ぎないことが収穫上のアドバンテージとなるようだ。
疲れさせないことが肝要であり、水分管理や肥料管理は夏場以上に神経を使う。
S氏の茄子もここに来てバラバラと実をつけ始めている。
K氏の茄子は夏の比ではないほどの実をつけており、ボチボチ収穫が始まるだろうことが見て取れる。
我が畑の前に行き、植わっているものを一つ一つ確認する。
アスパラの立茎も落ち着きを迎え、あと一か月もすると茎が枯れ始める。
その根元。
我が目を疑うものが実りを魅せていた。
稲穂だ。
立派な果房33を随えて、重そうに首を垂れた稲穂が2本。
我が畑から伸びていた。
『そう云えば~ボチボチ中秋か。畑のみのりで感謝活けでもしておくか___________________。』
稲穂を摘み取り、オクラの花と葉を摘む。
『はて、オクラの花の花言葉とはどんなものだったか。ひょっとして、粘り ? 執着 ? 粘着質 ? 偏執(笑)』
頭の中で、独り言を呟いていることに気が付くと、思わず笑いがこみ上げる。
誰も居なかったことが幸いした____________。
部屋に戻ると、手近なグラスに水を入れ、摘んできたものを活ける。
オクラの花がなんとも可憐で可愛らしい。
トルコ桔梗が好きな私としては、花弁の数は違えども、咲き姿に同じ様子がうかがえるオクラの花が好きだ。
写真を撮り、インターネットでオクラの花ことばをググってみると________________。
「恋によって身が細る」とある。
苦笑・・・・・・失笑・・・・・・バカ笑い。 今さら(笑) てか、被せを試みたわけではない。
なぜ・・・・・『身も(が)細るような恋』ではなく、『恋によって身が細る』なのか。
私の性質上、『身も(が)細るような恋』という花言葉があり、逆引きを可能とする花が存在するかどうかは気になるところ。
当然のごとく、"調査研究"の対象となるというのも、なんともメンドクサイやっちゃねぇ~。
が、無いのである。
ここは「やはり」「当然」という落ち着け方も出来ようが、私としては何とも落ち着きは悪い。
「恋によって身が細る」
「身も(が)細るような恋」
さて、同義的慣用句として定義することは然るべきなのだろうか。
ここはオモシロイところだ。
使うシチュエーションによって意味合いは変わりそうではある。
にしても・・・・・・「何々によって」の"よって"というのが落ち着きを悪くしていると思われる。
なにやら、理屈っぽいのだ。
花言葉としてはそぐわないものを感じるのである。
箔の様に薄っぺらな"文学的"切り口から眺めてみても、たぶん「よって」という表現は支持を得難いのではないか。
ともあれ、2021年の収穫感謝活け。
畑の神様、土の神様、水の神様、風と空と太陽の神様。
有り難うございました。
畑でご縁を頂いた皆さんありがとうございました。
あと一週間。
9月21日が中秋の名月。
ご縁を頂戴した皆様にも幸と"収穫"多からんこと衷心よりお祈り申し上げます。
~了~
おかげさまで____________。

