◆俺流解析~参議院「ハラール」国会質問と国会答弁「第6号」 | 異端のTourism Doctrine

◆俺流解析~参議院「ハラール」国会質問と国会答弁「第6号」

「政府機関等が主導して行うハラール認証のための制度の創設については現在までのところ考えていない」


参議院議員浜田和幸氏(以下浜田先生と表記)からの2014年秋の臨時国会「ハラール関連質問3件(6号12号50号)」に関する政府答弁である。

浜田先生は盛んに政府が管理する「ハラール認証制度」を提案しておられるのが特徴的でありイノベーティブな発言と言えそうです。


さて~鳥取県民15万人の浜田氏の支持者の皆さんも、これを応援しておられるのでしょうね。。。この記事では、支持者の皆さんにも浜田先生が進めようとしておられることを、じっくりご紹介していきたいと思います。

浜田先生はとても「親イスラーム」であり、実にグローバルな視点を備えた方であられることが質問を通じても伝わってきます。素晴らしい!!

私も同感の処は多いです!


ただどうやらあの質問主意書は「図らずも」、課題を矮小化しているところが目につくのです。たぶん、あまり難しく考えなくて済むようにとの意図から「簡素化」した質問主意書にされたのではないでしょうか?

しかしここでは、きちんと性質を理解して頂く必要があるとの考え方から、丁寧にその質問の全容を読み解いていきたいと考えております。

最後までお付き合いのほど賜わりますよう宜しくお願い申し上げます。


一つの切り口~

平成26年9月29日に提出された浜田先生からの第6号質問主意書の「4」の項目 (←リンクあり)では「政府機関の下で食品に厳格にシャリーアに基づいたハラール認証を行う制度を確立すべき」との自論を展開していることが目を引く。


この時点ですでに、ハラールへの理解というものに対し「大丈夫なのでしょうか?」という心配をしてしまうのだが、そこはまた後ほど述べさせて頂くことにする。


さて、ここで「シャリーア」について学際的な立ち位置からご紹介しておく。

本来であるなら、これらの言葉は「イスラーム教における」大切な言葉であるため、多神教の人間がおいそれと使うべき言葉ではなく、当然一定の配慮と尊重が求められる言葉であるということは押さえておく必要がある。


■「シャリーア(イスラーム法)」 (出典1)

ムスリムの生活の凡ての側面は、私的領域であれ公的領域であれ、理論的にはイスラーム法(シャリーア)によって規制されている

シャリーアは、信仰行為、儀礼、社会行為や商業契約、婚姻、離婚、遺産相続などの事項を管理する天啓法の体系である。

シャリーアの原義は「道」を意味する。

この原義を体系化したのが8世紀~9世紀に活躍し、後に「4学派」のひとつにかぞえられる「シャーフィー学派」を体系づけたシャーフィーである。


出典1・・・ネコ・パブリッシング/ポール・ランディ―著/小杉泰 監訳

      「イスラーム」 第2章35ページ「シャリーア(イスラーム法)」より抜粋



さて即ち、シャリーアとはイスラーム教における「法律」であることが理解できると思う。これをなぜ、この「イスラーム法(シャリーア)」を国会質問に持ちだす必要があったのだろう。

質問者にするなら、憲法第20条が障壁になることは容易に理解は出来た筈だ。

同時に憲法第20条の定めは理解されていることは当然であろうし、立法府における「良識の府」として象徴される議員の方であられる。

私自身、これら憲法の「読み方」を諭す試みをするほど自惚れてはいないつもりだ。

しかし、質問されるということは当然勉強されてのことであろう。

だとするのであれば、憲法改定を見据えた議論を投げかけているのだろうか?

しかし、浜田先生の質問からはそれは感じられない。

なにが浜田先生を突き動かし、「日本国」唯一の立法府において、イスラーム法であるシャリーアを持ちだし、厳格なハラール認証制度を政府管理下に置く制度設計が必要と感じられたのだろう。


これは「親イスラーム」的な考え方というよりは、むしろ「イスラーム」そのものの考え方と論ずることに違和感はない。実に「革命的」な取り組みであり、イノベーティブな質問であり提案だ。


が、「俺流」では、ありえないのである。


浜田先生の質問主意書より、2014年秋の臨時国会 9月29日第6号質問主意書から違和感を覚えるか所を抜粋してご紹介したい。

同時に政府答弁において感じられる違和感もご紹介させて頂く。


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質問主意書本文~


東京オリンピックに向けてイスラム教徒に供する食品のハラール認証に関する質問主意書

 ハラールとは、「合法的なもの」や「許されたもの」を意味するアラビア語であり、立法者であるアッラーが人類に示した規範「シャリーア(イスラム法)」に則った合法なものを指す。ハラールは食品にも適用され、イスラム法上合法な食品をハラール食品と呼び、ハラール認証とは、イスラム法上合法であることを表す認証を意味している。
 平成三十二年に東京オリンピックを迎えるため、我が国へのムスリムの人々の来訪は増加していくと想定されるが、ムスリムのための礼拝施設や食品提供などの受入れの準備は進んでおらず、在京のイスラム教国の大使館から懸念が示されている。 このような観点から、以下質問する。


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さて、この導入説を読んだだけでも浜田先生が「ハラール」とはどの様なものであるかは理解されているであろうことが想像される。

同時にシャリーアを導き出し、イスラーム法上「合法」なものとして説明しておられる。したがって浜田先生は質問項目4を見ても判る様に、日本国における立法府内において、イスラーム教の宗教法の汎用を見据えた質問と提案をされていると観ることに吝かではない。


同時に「ハラール」の解説においては「ハラールは食品にも適用され」としているが、これは甚だ言葉足らずであり、ハラールそのものの存在を歪めて伝えてしまうことにもなりかねない。詳細は私どものブログでも書かせて頂いているが、ハラールの専門家の方が書かれていることがエヴィデンスにもなるだろうことから以下のリンクを参考にして頂きたい。


ハラール認証とは~日本JAS協会・フードテクニカルラボ代表/日本ハラール協会理事 伊藤氏の解説 (←リンクあり)


氏のレジュメを拝見すると、どんなに簡単に書こうとしても、5ページほどの解説が要るであろうことがご理解できるのではないだろうか。

それをこれほど簡単に片付けては、知らない人が読んだ場合、誤解されてしまう懸念があるだろう。

政治家の皆さんは相応の勉強をされておられるであろうから判ろうものの、宣教未踏の地に暮らしてきた、ごく一般的な大衆の皆様はそこまでのことは判るまい。是非、丁寧な解説をして頂きたいと願う次第だ。


伊藤氏の解説を読んでも判る様に、ハラールとは生産から一次加工、二次加工、倉庫、輸送、そしてサービスと提供に至る「サプライチェーン」全般に渡って宗教的拘束が発生するのである。

尚、イスラーム教国においてはこれが「法的拘束」である。


浜田氏は質問主意書4の項目で、「食品に厳格にシャリーアに基づいたハラール認証を行う制度を確立すべき」として提案しているが、これは即ちサプライチェーンのハラール化と、政府によるハラール流通管理を示しているということになるだろう。


参考記事「千葉県会議員水野文也氏のホームページに見る面妖さ」 (←リンクあり)

この記事を読むと、ここで申し上げていることと繋がりが出てくるので、言いたいことは判り易いかもしれません。


同時に浜田氏の質問と提案は、私が考える大切なことを置き去りにしてしまっている様に感じられる。


日本の国が一つの宗教派生因子への取り組みを憲法改正の上スタートしたと仮定してみましょう。

日本の消費者保護政策は根底から見直しを要求されることになるわけです。説明はいりませんよね?てことは当然の如く「司法の現場」においても影響は出る。消費者保護政策の構成因子に「宗教」が関与した瞬間に司法の有り様や判断すらこれまで通りにはゆかないことは誰でも想像できるでしょう。


消費者保護政策の見直しは、必ずしも事業者保護政策に結びつくことはないのです。大半は矛盾するんだけどね。実際のところ。

本当は逆から書きたかったんだけど・・・逆から書くと、これまたエゲツナイ表現になるので、廻りくどい様ですがご寛容くださいませ。


さて、である以上、国はやらないし、やれないし、やるべきではない。

であれば結論は見えてる。したがって余計な時間を消費すべきではないでしょう。


現時点でこの日本政府がやれることは、アウトは必要に倣いインは交流と指導に基づいた制度上のガバナンス機構への誘導

世界はCODEXやTPP、FTAさらにはHACCPといった国際規格を拠り所とした取り組み。これが国際市場向けの考え方であり、「国際基準」をクリアーしているという担保でありエヴィデンスとしうる要素ということになるでしょう。

参考記事 JAS法ハラールに動く2014/07/14 (注1)

実際、汎用レベルにおいてはこれとて玉虫色での汎用しか出来ないよね。

世界市場に倣うことの必要性を前面に押し出し、正当化させることしか出来ないもの。


旨い具合に「金科玉条化」するのはご担当官のお仕事だしね。

後は可視化の後方支援を国が受け持つ

間違っても国が取組の音頭などという姿勢を見せるべきではないし、ハラール認証管理団体など持つべきではないでしょう。