◆ハラール認証取得から2年以内にイスラム教徒を採用 | 異端のTourism Doctrine

◆ハラール認証取得から2年以内にイスラム教徒を採用

ブログへお運びになられる皆さんの検索キーワードは、私どもに取っても大切な「気付き」を頂く機会の一つです。

いくら勉強をしても様々な皆さんの考え方や悩みに則したご提案が出来ないことには、ここで申し上げていることは届きませんからね。独りよがりな学習~と言えばいいのでしょうか。そこは避けなければならないでしょう。まぁ、今のこの国を眺めると「皆でハラール、皆でムスリムゥ~」が主流派の様ですから、ある種ブレーキ役は判り難いのかもしれませんが(笑)


さて、昨日お運びの読者様の検索キーワードに「ハラール認証取得から2年以内にイスラム教徒を採用」というものを見つけました。

勝手に「質問箱」というテーマの記事ですから、別に直接ご質問を頂いたわけではありませんが、この「疑問」に関して少し考えてみたいと思います。


まず「疑問」を抱えていらっしゃる方のお立場ですが・・・

①まだハラール認証は取っていない

②ハラール認証取得を検討している

③その過程で「ムスリム」の採用が条件として浮かび上がった

④同時に2年以内に「ムスリム」を採用することが条件であると判った

⑤それは本当なのか、他の考え方もあるのか、皆さんどうしているの?


と、この様なお立場に立たれていらっしゃるであろうことが推察されるでしょう。

項目ごとに私どもの考え方をご紹介しておきたいと思います。また、あくまで推察ですから、考え方が的を射ているとは言えないかもしれません。どうかご寛容ください。


①・・・それも一つの見識であり、一つの方向性です。なんら気にすることは無いでしょう


②・・・必要なのですか? なぜ必要だと思えるのですか? 取得した結果事業は成長するのでしょうか? 取

    得した結果失う市場はありませんか? 得るモノと失うモノは量りにかけましたか? それを必要とす

    る人、不要な人、必要と出来ない人々のことは想定済みですか? 「他」の方法は検討しましたか?


③・・・「ハラール」は宗教上のルールです。だから「ハラール認証」は宗教行為なのですね。したがって

    「ハラール」とはこれを必要とする人々にとっての財産であり、権利です。したがってここの「条件 

    交渉」は無益であり、彼らにとっての絶対的既得権益事業であると同時に「独占的」事業なのです

    従って、どの様な条件が出ようとそれに応ずることが「認証」取得の最低条件ですね。


④⑤・・・2年以内という認証団体もあれば、直ぐにという処もあり、1年以内という処もあるようです。この

     辺りは「被認証事業」の内容や、認証団体によって考え方はまちまちですね。私の知っていると

     ころでは、自らがイスラム教徒に改宗して「ハラールビジネス」に取り組んでいる事業者もいらっ

     しゃいます。


     如何でしょう。いっそのこと「あなた」もイスラム教徒に改宗してみては。それが本来の姿

    ですね。それがムスリムに取っての本来あるべき姿と考えるのは当然でしょう。オーナー

    が自らムスリムになれば、「採用」で頭を痛める必要はありませんね。


③~⑤を眺めているとお気付きになられる様に、「統一」化したルールは存在しません。

数十の認証団体、認証機関が存在しますが、それぞれ実に柔軟かつおもいおもいの認証を出し、ルールを作っています。

「日本の平均的」な事業の場合、上部団体や業界団体が存在し、一定のルールを「約定・約款」として共有し、それぞれの事業に対し自らを制御するシステムが機能しています。


しかし、ことこの案件に関しては「制御システム」は今のところ「存在」しないのです。

同時に、消費者保護政策も機能していません。当然「事業者保護」の考え方など及びません。


だから私は、この状況で認証取得に進む事業者の皆さんを凄いなぁ~と畏敬の念をもって眺めさせて頂いております。同時に、なぜ進められるのだろう。という疑問もありますが。


言えることは、②を徹底的に突き詰めて見ることでしょう。

そして、自分たちの事業が「何処を目指すか」という処を見据え、そのレベルに応じた「認証団体」の協力を仰げばよいのではないでしょうか。


レベルが判らない?当研究所の「リポート Category3」を買って下さい(爆)あらかた書いてありますから。。。高いけど。


ただ、農林水産省も観光庁も「認証事業者」の調査に入りました。(観光庁はこれから)

当然なんらかの情報が私達国民に齎されることになるでしょう。

それからでも十分間に合いそうですね。



先日、テレビを見ていますと「ISIS」の特集をしており、その中で「ISIS」戦闘員のインタビューが放送されました。

「日本も日本人も大好き、でも申し訳ないが、日本も将来はイスラム国になってもらうヨ~」


と、にこやかに語る戦闘員が印象的でした。

嬉しいですね。。。日本のファンが多くて。


サンデーモーニングを見ていると、ISISを取り上げて各コメンテーターがそれぞれの考え方を述べていた。しかし残念なことに、誰ひとりとして日本にとってこれらが齎すものという視点からお話しをされる方が居ない。

従って、どうも人ごと感が漂い、説得力に欠ける話しに終始することになる。


言わせて頂けば、兄弟げんかであり、痴話ゲンカであり、夫婦喧嘩の類いだ。「犬も食わない」話しの類いであり。他国が「制圧」だ「解決」だを話した処で、ことを複雑にするだけだろう。

結局のところ「解決」は当事者間でしか行えないし、所謂、俗に言う「修羅場」でしかない。


制圧などというものは第三者も当事者になることを意味する。

であるならば放っておけば良かろう。「当事者間」で解決して頂こう。

人道援助だけは考えよう。

双方に援助を必要とする人々はいらっしゃる筈だ。

人道援助は国連の名のもとにやって頂こう。


人様の「身内ゲンカ」に口を差し挟むとロクな事にはならないというのがこの国の古くからの「智慧」である。欧米も、何もかも一切無関心を貫けばよかろう。

その内なにがしかの「秩序」が生まれる。

秩序において一定の存在感を維持しようなどというスケベ根性を見せるから当事者化するのだろう。


意に添わなければ例え同胞といえども虐殺、圧殺、天誅の対象とする「国家」だ。

当事者、当事国になると、まるで牛をと畜するが如き方法で人の命を奪う「国家」である。

そういう国家として見れば良かろう。さすれば君子危うきに近寄らず~との答えが導き出せるだろう。

それよりも大切なのは水際をどの様に守るのか。

どの様にそれらの脅威から国を守るのか・・・ということに腐心すべきではないだろうか。

そのほうが現実的だろう、かかる火の粉を振り払う転ばぬ先の杖こそ必要な考えただと思うのだが~


まぁ~日本のテレビの場合・・・言えないんだろうね。ここまでの話しはさ。