国内におけるハラールへの取組については様々な立場がおありだろうと考える。
良いか悪いか等論ずるつもりは毛頭なく、ただし、基づくべき場所であり、取組上のルールの可視化については明確にする必要があることはここで何度も書かせて頂いてきた。
しかし、宗教という存在がクローズアップされることによって、現代社会においては本来の「存在」とは別の意味を伴った、経済的な利権構造に群がる人々が出てくることはいた仕方ないことなのだろう。
ある意味、日本という国ですらこの市場に群がっているその内の一人~として思えてくる。
そこに都合よく使われる言葉が「お持て成し」ということになるのか。
ハラール化すること、ハラールへの取組を進めることが=お持て成し・・・という風潮が蔓延していることに危機感ばかりが募る。
私が尊敬する師匠から一文を頂いたので、この場を借りて読者の皆様にも紹介しておきたい。
内容的には「これら・それら」の背景を多少なりとも理解していなくては、簡単とは言える中身ではない。
同時に、信仰と宗教への尊重に基づくからこそ「この様」な考え方になるということをご理解頂きたい。
以下本文
なお、○ラー○制度は、そもそも○ス○○ムの堕落と小生結論づけましたが、○ダヤ教も「○ーシ○(カ○○ール)」
も同様に、戒律を貶めているのではないか、と考え始めています。
理由は先日電話でも申し上げましたが、シオニズムに因するということです。
シオニズムは、本来審判の日に神の恩寵であるシオンの地への回帰することをいうものでしょうが、政治的なシオニズムは、この汚れた世界にシオンの地
を実現しようというものです。正統派○ダ○教徒には、到底許せない思想であるわけです。シオンの地イ○ラ○ルは、本来神によってもたらされるものですので、領域国民国家である、現存の○スラ○ルは異端、背教、瀆神そのものである、と正統派は批判します。そしてその結果として聖なる言語「ヘブライ語」のスラブ語的汚染(イディッシュ語から)の強要、セム的伝統や宗教性の棄却を生じせしめ、無用な流血と友好的な他宗教徒のあらたなディアスポラ(流謫 ルタク)を強要しました。
シオニズムを都合良く利用したのは、ユ○○人を厄介払いをしたかった○リ○ト教徒ではありますが、このほかにも悪役がいます。無神論国家ソ連です。スターリニズムは、ロシア人が他民族を指導するという政体を採りました。
ユダヤ人にとってみれば、帝政ロシアでは正当にユダヤ教徒とカテゴライズされた自分たちを、レーニン・スターリンは、○ダ○「人種」をでっち上げたわけです。そしてベリヤ以下有能なユダヤ人を、ソ連国家の確立に利用しつくしたあと、○ダ○人を「シオンの地へ」という美しい言葉で、戦後処理として厄介払いしたということです(イスラエルへのソ連からの流入があまりに多かったため、イスラエルはソ連からの移民を縮小するよう米英に圧力をかけたほどです)。
これを資金援助したのは、ロスチャイルドなどの○ダ○資本ですが、彼らは決して自ら「帰国」することはありませんでした。「イスラエル」には、一時アフリカのアンゴラやアルゼンチンも候補だったとの説があります。どこでも良かったのです。
「聖なるイスラエル」には土地を奪われたペリシテの民と、戒律を忘れた「自称」○ダ○人がいまや居住するわけで、超正統派には我慢のならぬのはもっともなこと、イスラエル国家の公共サービス(年金はおろか、公営バスすら)
を拒否、独立記念日には国旗を焼き、パレスチナゲリラの裁判には、弁護にたつと言います。
私は、不信心な偽○ダ○教徒が、偽○ス○ム教徒同様、宗教的自己満足から、戒律を「食」の問題と矮小化して商業利用しているのではないか、と推測します。 現在の○ス○ム国家も(余儀ないことながら)西欧によってあるべき姿から外れた状態にあるのですから。
本来自然人しか認めないのに「法人格」を許容し、資産的実態のない「証券」を発行し、○ス○ム金融なる欺瞞的な制度、教えに反した相続法・・。きりがありません。いやはや、信仰を護持するは難いことかな。 拝
先日読んだ本の中に、宗教がグローバルカルチャー化しているという内容の記述があった。師匠がここで書かれていることもある種これに近いのではないだろうか。グローバルという言葉と経済という言葉は、既に個別に語る次元にはない。自国の経済を語る上で、国際社会との関わりを度外視して語ることほどナンセンスなことはないだろう。
同時に、経済と宗教も密接な関係を構築している。
卵が先かね鶏が先か~の話しになってしまうが、私にするなら、宗教という土台の上に経済や文化が成り立っている様に思えてならない。
田の神サーにお供えをし、神楽を舞い五穀豊穣を祈る。
その先にあるものは経済的豊かさだ。
山に「笠雲」がかかれば凶兆だ、あれがどうなれば吉兆だ~
これを信じる村人たちが頑なにこれを継承し守ろうとする。
そこにこれを指導する人が登場し謝礼を受け取る図式~
信仰が、マス化する瞬間だ。
○○に関しては、掲載者の私どもの配慮が足りなかったということで、慎んでお詫び申し上げます。
信仰をお持ちの方にするなら真っ向から否定されている様にも感じられることは否めまい。しかしながら、敢えて申しあげさせて頂くが、信仰の否定ではなく現状、日本国内をはじめとして世界中で見られる宗教に派生する経済活動をはじめとする事柄には、ある種の矛盾がついて廻ることは避けられまい。
まして、その取組に多神教の日本人の力を借りようとする以上、その取り組みに整合性を齎せる努力が必要なのは信仰をお持ちの皆さまであるということを置き去りにするべきではない。
それに納得がいかないのであれば、それらの取り組みは「信仰」をもつ人々だけでやらなくてはならないということになる。
世界中でハラール関連事業に取り組んでいる人々の内、イスラム教徒は30%に過ぎない。残りの70%の人々は「違う」信仰をもっていたり、無信心であたったりするる訳だ。
この現実を現実として直視した時、それぞれがどの様な立場から取り組むべきか自ずと見えてくるのではないだろうか。
どう向き合うか~しっかり見据えて進むべきではないだろうか。
師匠、お花見は如何でしたか?
今回も、またまた勉強させて頂きました。有難うございます。