ボンジュー。あひるさんです。
もう年も変わりますし、欧州旅の話をきれいにしてしまわないと。
残すはパリの最後とハイデルベルクです。
旅行から時間も経ちましたが、帰国後も職場で欧州出張に出た人あり、イギリスやイタリアとやり取りする機会もあったり、フランスパリに旅行に行った人の話を聞いたり。何となく欧州が身近に感じられる出来事が続きました。ちょっと思い返すと、見てきたものが頭の中に広がります。まだまだ自分の中では新鮮な思い出です。
さて今日はフランス、パリでの最終日のことを。
最終日、廃兵院、アンヴァリッドの後に訪れたのは、本丸中の本丸、ルーブル美術館です。
パリの本当にど真ん中、シテ島やセーヌ川の近くにあるんですね。日本で言ったら東京の皇居のような場所にそれはあった。
こんなような建物は駅にしろ何にしろ、パリの中心市街地にはゴロゴロしている。ぱっと見どこか分からない。けれど、国旗の下のところにルーブル美術館ってちゃんと書いてある。
建物、巨大すぎます。こちらは自分が入る入口ではありません。ガラス張りのピラミッドの入り口があり、そちらから入るとチケットに記載あり、いそいそと移動。
しかしまあこれが遠い。建物がデカすぎて、歩いてもつかないつかない。。GoogleMapを見たら500mとか600mとか出ます。その間ずっと建物なんだから、入る前から気が滅入る。この旅は歩き詰めなもんで。
この、右翼から中央、左翼、これが全部ルーブル美術館なんです。
ヴェルサイユもデカかったですけれど、それを超える180度全部美術館。もう意味がわからない。
ずんずん歩いてようやく入り口が見えてきた。
このピラミッド状の建物が自分のチケットの入り口です。ヴェルサイユと同じく、30分単位の時間ごとに入場の予約をしまして、その立札のところに並びます。入場まで20分くらいはかかったでしょうか。
このピラミッド状のもの、昔どこかで見たなあと思ったら、それ学生時代の中国深圳でした。「世界之窓」という東武ワールドスクウェア的なところに、このガラスのピラミッドがあった。これの元ネタに20年かかってたどり着いたわけだ。
ちなみに、このピラミッドができたのは1989年だとか。不釣り合いというか、要らんと思います。
さて、中に入りましたらすぐに館内マップ貰いました。こちら、しっかり日本語もあります。
こんな感じで、建物は中央から二つの翼が出ているかのような構造になっています。リシュリュー翼とデュノン翼という、それぞれ数百メートルの建屋に、美術品が並べられているのです。
上から下まで5階層になっています。階段もまた入り組んでおり、非常に行き来しにくい。あっという間に自分がどこにいるかがわからなくなります。
おかしいな。自分地図を見るのは得意なはずなのですが、そんな自分が迷子になるくらい。とにかく分かりにくいし迷いやすい。
とても全部なんて見られたものじゃありません。そんなことしたら何日あっても足りません。命も気力も持ちません。
ここに書かれているような超有名どころをポイントに、途中気に入ったものがあればという見方で進む。それでも普通3時間から半日はかかる。
透明のピラミッドの中を降りていくとスタート地点。
ここが両翼の結節点でもある。冒険スタートです。
一つ一つ置いてある美術品がまた足を止めにくる。
ぱっと目に入ったものの作者を見ると、ミケランジェロだったりする。基準がおかしくなったかのよう。美術にうとい自分でも、何となく躍動感や凄みのようなものを感じる。
大型の西洋絵画がズラリと並べられた回廊は、それだけで見る人をうっとりさせてくれる。
で、ふと見た絵がアレだったりするから恐ろしい。例えばこの角っこの絵。
ジャンヌ・ダルクじゃないか。
教科書に載っている有名なジャンヌ・ダルクの絵ですね。先ほどの、何人かが見上げている写真があったかと思いますが、あれ、僕が見た後なんです。僕が珍しそうに見ていたら、後から来た人がここで足を止めた。その写真があれです。その前は誰も見る人いなかった。素通りでした。この絵はフランスや諸外国ではそんなに人気無いんですかね?たまたま?
一方、あの有名な絵の周りにはたくさんの人が。もうお分かりですよね?
そう、ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」である。
いやぁ、本物はすごいです。写真だといまいち印象が伝わらないんですけど、本物は写真や教科書などで見るよりも陰影が深い。そして、前に進むかのような、迫ってくるかのような迫力があった。
パリ到着初日に、バスティーユ広場で見たモニュメント。アレの関連です。1830年の7月革命を描いたもの。フランスというかパリの精神はフランス革命よりもこっちなのでしょうきっと。
はい、そしてこれにも足を止めた。これもドラクロワ、「キオス島の虐殺」。
キオス島というのは、ギリシャの島です。当時はオスマン帝国支配下。1821年にはギリシャ独立戦争、そういう時代。オスマントルコの弾圧に遭う人たちを描いている。こういう絵も使って世論を喚起したというのだけれど、実際どうやって世論喚起したのかは気になりますね。写真があったり、この絵を新聞にしてばらまいたわけでもあるまい。
こちらの絵はナポレオン戦役です。「アイラウの戦場のナポレオン」という絵で、グロという画家のもの。リンク先の解説にもありますが、ナポレオンの英雄さよりも周囲の傷ついた人たちの様子、悲惨さしか入ってこない。
館内はギチギチに混んでいるということもなく。両翼の一番広い通り、天井から陽の光も入ってきて、大きな絵を気持ちよく堪能。
ヴェルサイユで見た、ダヴィッドの「皇帝ナポレオン一世と皇妃ジョセフィーヌの戴冠」もありました。これはみんな大好きだね。人だかりが一段と大きい。
そんなゾーンを抜けたら、次の建物への階段ゾーン。何気ない階段に、歓声と人だかりができていた。もう分かりますよね?
いやもう超有名でしょう。『サモトラケのニケ』。実物だ・・・まじで感動。
いやもう説明なんかいらないでしょ。何っていう躍動感なんでしょうね・・・。
美術センスがない僕でも、息をのむ。いろんな角度から眺めました。素晴らしい。
どんどん歩いていきます。すると・・・
モナリザの展示室がありました。最高にすごい人。部屋がパンパンだ。
手前側にも非常に大きな絵が。この絵もとっても素晴らしいんですけど、みんなこの反対側、モナリザにくぎ付け。こちらヴェロネーゼの「カナの婚礼」というとっても巨大な絵です。
しかしながら、繰り返しますが、みんなこちらにくぎ付け。モナリザに近づきたくて、どれだけでもみんな待ちます。10分くらい待ったかな・・・。最前列まで行くのも大変だが、バックするのも大変です。
やっと最前列。ちなみに、目の前にロープが張られているので、他の絵のように近くまでは行けません。モナリザまで2-3mってところでしょうか。モナリザは温度管理と防弾ガラスで守られているんだとか。
携帯のカメラで拡大したのがこちら。写真じゃぜんぜん伝わらないな。微笑んでいるのかいないのか。そして、引きで撮った上の写真と下の写真とも、また肉眼で見た印象も、ぜんぶちょっとずつ違う不思議な絵。背景もよく分からんし、まっすぐ座ってないし・・・。
ふぅ・・・。ここまででもう1時間以上経っているんです。すごく疲れた。
アポロンのギャラリーとやらが出てきたので、嫌な予感を感じつつ中に入る。
はい、例のフランスの王様関連。
きっと、ヴェルサイユで見たアイツの仕業だ笑!
こちら、フランソワ1世。コイツじゃない。
はい、犯人見つけました。コイツの仕業だ。ルイ14世。アポロンと言えばもうこの人しかイメージできません。
中央にはブルボン家の宝石の数々。
もういい。オマエもういい笑。
ルーブルにはエジプトの関連もあります。大英博物館行ったばかりですのでね、驚きは少ないです。
このあたりはもうパス。疲れたよ。
そして、僕的には最後のお目当てが。すごーい人。
そうです。ミロのヴィーナスだ!!!
これもまた素晴らしい。素晴らしいしか言葉が出ません。
違う角度から見るとこんな感じ。結構傾きがあるんですね。腕から先がどんな感じだったのか、想像力が掻き立てられずにはいられません。
左の足が折れているんですよ。折れているって、骨じゃなくて角度ね。それは知らなかったです。ものすごく微妙な体勢だと思いますよ。
こちらも見ることのない、ミロのヴィーナスの後ろ姿です。すごく複雑な体勢だということが分かる。だからこそ、いっそう腕がどういうポーズだったのかが気になりますね。
はい、写真に疲れて、歩くのにも疲れて、このあとはひたすら館内を早歩きで回りました。写真がなくてすみません。
滞在時間、3時間は超えておりました。けれども、それは相当な早歩きであって、とても「見た!」って胸張って言えるレベルではありません。それくらい、とにかく巨大なんです。
あと、部屋や階段が入り組んでいて、どこがどう繋がっているのか非常に分かりにくい。方向感覚もなくなります。ラビリンスです。
さらに、館内が美術品の保存のためにも、ばっちり空調がきいています。その代わり、目に見えるところには外気がありません。密閉された広大な空間という感じです。空港みたいといえばそうかな?
・・・そんな環境下に長く居ましたので、何となく気分が悪くなってしまった。ルーブルで閉所恐怖症的な症状になったわけです・・・。
外に出たい、外気に触れたい。逃げるように退散。
中央のエントランスから、逃げるように外を目指しました。館内を出たところに高級なお店らしきものもいくつかありましたが、全く目もくれず。
最後の最後までルーブルの美術品に見送られ、階段を上がりました。自分って罰当たりだな。とても優雅な空間なのに、まさか息苦しくなってしまうとは。連れがいればこういうことになっていなかったように思います。
ルーブルも見終えて、いよいよパリの残された名物を見に行きましょう。
美術館横のテュイルリー広場をテクテク歩きます。
地下鉄で、セーヌ川の真ん中にあるシテ島へ。
古い教会の前、セーヌ川の川べりを歩いていくと、最後の目的地が見えてきました。
はい、この高い建物です。
この、絶賛修理中な建物は何かといいますと。
パリの象徴、ノートルダム大聖堂です!!!
2019年に火災で尖塔が崩れ落ちるなど、大きな被害を受けました。ちょうど今月から公開再開したみたい。僕が行った時は当然ながらその前。工事中の壁には、火災の時の様子や、どのような復旧を行っているかといったパネルがずらっと並んでいました。
大聖堂を眺められる席も用意されていました。工事は2026年まで続くようです。早く元の姿に戻ってほしいですね。
・・・ということで、大満足のパリが終わりました・・・。
最後の晩餐は、宿泊していたエドガー・キネ駅周辺の料理屋さん、La libertéでディナーとしました。
ステーキ頼むのは、実はこの旅で初めてでした。いいんです、パリの最後の夜だから。
初めてのパリ、3日間。ヴェルサイユも含めて、本当に素晴らしかった。
パリには何度でも来たいと思う。それくらい、この旅の中で一番気に入りました。
歴史も美術館などもいいけれど、それに加えて地下鉄の風景とかもすごく気に入った。
お年寄りとか女性とか、ちょっとでも自分が譲ったほうがいいなと思ったら、パリの人たちはサッと席を譲る。これだけだと日本でも同じでしょうと思ってしまいますが、違うんです。その時に、必ず声を掛けますね。無言でではない。しかも、譲られた人が必ずしもそれを受け入れるとは限らないんだが、それも声で説明している。座った後にも声かけたり、談笑したりしている。絶対知らない人同士なんだが。
何が言いたいかって、自己主張なんですよ。自分がどう思うか、それをストレートに表現すると言いますかね。以前も書いたかもしれない。主体である自分が客体である世界に対して働きかける。世界、街、そういったものは対象なのよね。自分とは切り離された対象という感じ。
それが、街を見ていても感じる。街も自然も自分も溶け合うかのような日本の生活空間とは違って、何か辛(から)い感じがした。ロンドンよりも、ハイデルベルクよりも感じられた。そんな自分からの距離の遠さ、異世界感がパリにはあると思いました。
会社でも声を大にして言いました。パリに行かないで人生終わったら勿体ない。こちらご覧の方、僕に騙されたと思って行っていただきたい。僕もいつかまた行きたいと思います。





















































































