40代からでも、やってみる — 考えることと、やってみること

40代からでも、やってみる — 考えることと、やってみること

40代からでも、やってみる。高校時代に諦めた哲学をやはり学びたくなり、日大通信哲学専攻を社会人編入学卒業。アマチュア無線にも40過ぎから取り組み。「考える」と「やってみる」を行き来する日々を記録します。

こんにちは、あひるさんです。


今日は朝から仙台です。仙台行きの飛行機の中です。みんな大好きDHC8-Q400、デ・ハビランドの双発ターボプロップ。プロペラ機です。ほぼ満席。夏休みらしく、家族連れ、子供連れも結構いますね。空港も普段より賑わっているように感じました。


こちら離陸直後。三重県、揖斐川河口あたり。


さて、このタイトル何ですか?でしょうね。西国三十三所巡礼ってさ。


西国三十三所巡礼というのは日本の仏教の観音さん巡りの旅でありまして、畿内のお寺三十三ヶ所を巡ると満願叶うというもの(合っているかな苦笑)


こういう巡礼ものは日本にいくつもありますが、この西国三十三所巡礼は一番古いらしい。奈良時代に始まって、平安時代に花山天皇が言及したか実際に巡礼したかで、貴族からやがて庶民にも広がるようになったのだとか。

 


その御朱印帳がこちら。なかなか雰囲気ありますでしょう?


今を遡ること5年前、那智勝浦に家族旅行で行きまして。熊野那智大社のそばにある青岸渡寺でこちらの御朱印帳を入手したのです。

無線と同様、こちらも久しくその存在を忘れていたのですが、なぜか最近ふと思い出しましてね。せっかくだから、これから時間かかってでも、全部巡礼してみようかなと思ったのです。


その三十三所の1つが岐阜にあります。畿内は日帰りで行くにはよっこらしょですが、岐阜なら気軽に行ける。バイクで颯爽と出かけました。


それがこちら。岐阜県揖斐川町にある、谷汲山華厳寺(たにぐみさんけごんじ)。

 

揖斐川町は岐阜県の大垣からちょっと北に行ったところです。徳山ダムとか有名ね。


参道の案内。桜も紅葉もきれいなところらしい。

谷汲踊りという、お祭りの時の踊りがあるらしい。


こちらは三十三所のマップ。谷汲山華厳寺は一番東にある。実を言うと、三十三所の最後の場所なんですよね。

ここには満願堂なるものもあって、三十三所を巡り終えた人が捧げる御堂ものがあるんだとか。本当の本当はそういう順番で回るべきなんだろうけれど。公式さんから、回る順番は気にしなくてもいいですとの案内が出ているので、若干の気まずさはありつつ訪れたというわけ。


参道は山に向かうやや登りの道。タイル舗装された細めの路地に緑のカーテン。特別標高あるわけでないのに、気持ち涼しい。

両側には古くからのお茶屋さんや料理屋さん、お土産物屋さんが並んで、ほのぼのとしたいい雰囲気です。真夏ですが、参詣者がちらほら見えました。


中には、お店の前に表札があるところもあり。このお店は江戸時代から開業して、昔から参詣者を受け入れてきました的な案内が。


こうして駐車場から10分ほど歩くと、入り口が見えてきました。

先ほども述べたように、ここは三十三所の終着の地。大昔の人たちはここをどのような思いでくぐったのだろうか。きっとものすごい達成感と、心洗われるような思いであったことだろう。


境内はこんな感じ。延暦寺とかもこんな感じだね。山の中にいくつもの御堂がある。山に抱かれるお寺感。古典に出てくる雰囲気で僕は好きですね。こういうのは僕の生まれた関東平野にはなかなかない。


境内は緑に溢れていてこれまたいいですよ。カッコウの鳴き声がよく聞こえておりました。

熊野古道ばりに、緑の中を緩やかに登っていく。

法然さんや道元さんのありがたいお言葉が。

日本の心はこの辺りにあるよな。道元さんあたりが、今に連綿と続く日本人の心だと思いますね。


一方で、身体を離れて仏様や神様のもとへ魂を送る、魂が神仏と一体になる境地を目指す、そういうあり方は洋の東西を問わないんだなということが分かる。


現代の哲学ではメルロ・ポンティをはじめ身体性を前提にした議論がたくさんあるけれど、やはり何かそうではない、形而上的なというか、あちら側に対するものがふつふつとしてきますな。


すみません、実際リアルタイムで感じたことがもう少しあったのですが、それを思い出すことができず。。やはりライブ感というのは大事なんだよ。その場に居合わせるから思いつくものがある。これは日大通信で先生と結構喋った話題なのよね笑。


道中、観音さんが迎えてくれる。

そして、江戸時代の御堂が左右に現れる。

こちらの御堂は三十三所観音堂といって、三十三所を巡ることができなかった方が、代わりにお参りした御堂だとか。

当時の方々がどんな思いを込めたかに思いを馳せる。

 

目指すべき本堂が見えてきました。



時刻は正午、太陽が燦々と降り注ぐ時間帯なのに、外からでは中がまるで見えない。この異世界感が何とも言えない。


中は写真が撮れないのでこちらでご勘弁ください。

お賽銭を入れて観音さんを拝み、持参した御朱印帳に記載をいただく。参詣者も複数見えました。しばし御堂で休憩して、後にします。



頂いた御朱印がこちら。素敵な和歌ですよね。

「万世(よろずよ)の願いをここに納め置く」。ここは過去からたくさんの人の願いが納められた場所なんですね。「水は苔より出る谷汲」、この地から湧き出る水が、人々の願いとともにまたこの世の中を潤していく。万物流転といいますかね、人の心も巡り巡る、何かそんな思いがしましたね。


ここではもう2つの御朱印をいただきました。本当は最後なんだけど、最後のお寺ということで満願の御朱印。片方が過去を、そしてもう片方が未来を示すんだそうです。

先はどの魂の話に加えて、時間なんてものもまた実に哲学的ですな。満願ならぬ万感の思いでした。今回2番目の巡礼先にはなってしまったけれど、三十三所全部回れたら最後にもう一度ここに来ようと思いました。僕がそういうアンテナを立てているからなんでしょうけど、何か言い表せないものがありましたね。


はい、ということで西国三十三所巡礼の旅、今からが始まりです。

次は本来の2番目3番目、和歌山のお寺に行こうかと思います。僕のマジェスティC君で愛知から和歌山まで行けるのか?名阪国道は何となく恐ろしいので、さすがにクラウンで行こうかしら。