こんにちは、Yukiです。

 

ず〜〜〜っと感じてるのに

見ないようにしてきた

 

「嫌!」

 

という感情を出していいんだ

とノートに書くようにしてから

 

本当に嫌だなってことがあったら

もうトコトン感じるようになりました。

 

 

でも、書いても書いても、

 

「嫌!」

 

という感情が強くっていくだけ

ムカムカ、イライラして、

状況に対しても全然理想じゃない

自分の姿が悲しくなってきて

 

 

設定を変えてみても、

こうしよう!と決めてみても、

全然うまくいかない。

 

 

本当は、こうしたいわけじゃないのに、

もう自動的に悲しくなっちゃうのはなんでなんだろう・・・・

 

 

 

って、むしろ、

「嫌!」を感じてる自分や

 

目の前の出来事に対して

「自分なんて・・・」と

自己否定のループにハマってしまっていたんですね。

 

 

 

ノートに書いて「嫌」を感じることを

許してるつもりが

実は

 

2極の世界=善悪(良い悪い)

  

で自分をジャッジしていたと気が付きました。

 

 

 

「目の前の人を引き寄せた原因は自分にあるんだ=今の自分が悪いんだ」

「現実をうまくできないのは自分のせいだ」

 

 

という自分責めの思考回路から抜け出せない限り

 

「対等」

 

な世界にはなりません。

 

 

本当の望みに辿り着くために

・ジャッジ

・善悪

を超えた先の

 

 

「ほんとうに在りたい自分」が導いてくれていたとしたら?

ここから何を学べるのだろうか?

 

image

 

・・・そんな視点に切り替えて

本音を見ていくと

   

「ここにいたくない」

「これは好きじゃない」

「もっと自分の世界を一生懸命にやりたい」

  

というメッセージを受け取りました。

 

 

嫌!と感じている感情のおかげで

 

「私は、もっとこうで在りたい。」

 

という理想の世界をより自覚することができたんですね。

 

 

 

そうすると

「嫌!」と思える環境に感謝だなぁと思うし、

もっと一生懸命やりたかったんだ!

と自分のやるべきことに集中できるようになり

余計な思考が消えていきました。

 

 

 

「私は、もっとこうで在りたい。」

   

を叶えていくことを許可していなかったんだって気が付きました。

 

 

考えることが自分の本質とズレていたから

嫌!とか、最悪!と目の前の出来事に文句ばっかり。

その場所を選んでいるのも自分自身でそのことに落ち込んでいました。

 

 

でも、違った。

 

 

今の場所で

 

「私は、もっとこうで在りたい。」

 

をやっていけば良い。

 

 

 

今すぐ、そうであればいい。

 

相手のことを優先したり

考えすぎて自分のことをやらないから

わけがわからなくなるんです。

 

 

相手がどうとか、

周りがどうとか以前に、

 

 

シンプルに

 

「私は、もっとこうで在りたい。」

 

をやるだけだった!!!

 

 

私の中で、ストーーーンと落ちて

思考のバグがなくなった出来事でした。

 

 

まさに、嫌!と折り合いがついた瞬間です。

 

嫌!だけど、この出来事のおかげで、

気がつけた私の本当の願い。

 

 

安心していたい。

コミュニケーションは誤魔化さないでほしい。

前を向ける言葉を使っていきたい。

もっともっと認めて、褒めて伸ばしていきたい。

感謝し、感謝される関係性がいい。

大切なことを言葉で伝えられるのがいい。

 

 

 

そんな、

私の在りたい世界を選ぶこと

そのために不要なものは手放していい。

 

 

まさに、

「自分の領域だけに全力を注ぐ」

という設定変更手帳の言葉通り。

 

「いや!」という感情たっぷり

私にとって大きな気づきをくれた

出来事に心から感謝です❣️

 

 

自分のありたい世界を

選んでいくことを

自分に許していこう✨