前回、転覆して入院して、理学療法士に出会って、自分もなりたいと思った——という話を書きました。

読んでくれた方、ありがとうございます!

今回はその続き。

**「じゃあ実際、どうやって動き出したの?」**という話です。

 

◆ 退院後、しばらく何もできなかった

正直に言います。

退院してすぐ、「よし、理学療法士になるぞ!」とはなりませんでした。

体は回復しても、気持ちはまだボロボロでした。

競艇選手として走っていた日々が頭から離れない。
あのエンジン音、水しぶき、スタートの緊張感——

もう戻れない場所のことを、毎日考えていました。

地元に帰って、とりあえず生活しながら、ぼんやりと過ごす日々。

「俺、これからどうすんだろ」

そんな言葉が、頭の中をぐるぐるしていました。

 

◆ ふと、思い出した顔

そんなある日。

入院中に毎日リハビリをしてくれた、あの理学療法士の先生の顔がふと浮かんできました。

怪我で動けない私に、根気よく向き合ってくれた人。
「また動けるようになりますよ」と、静かに、でも確かな言葉で言ってくれた人。

あのとき救われた気持ちを、今度は自分が誰かに届けたい。

「理学療法士、なってみようか。」

大きな決断のわりに、その瞬間はわりと静かでした。

燃え上がるような感じじゃなくて、
じわっと、腹の底から決まっていく感じ。

 

◆ まず現実を調べるところから

理学療法士になるには、専門学校か大学に通って、国家試験に合格しなければならない。

これを知ったとき、正直思いました。

「え、また学校行くの?俺?」

高校卒業してすぐ就職して、競艇選手になって、体を動かすことしかしてこなかった男が、また机に向かうことになるとは。

しかも調べてみると、専門学校は3年、大学は4年。

長い。

でも、やるしかない。

そう決めました。

 

◆ 入試の勉強、なめてました

専門学校の入試には、筆記試験があります。

「まあ、なんとかなるやろ」と思っていました。

なんとかなりませんでした。

問題集を開いた瞬間、目に飛び込んできたのは数学・英語・国語。

脳みそが、こう言いました。

「久しぶりすぎて、動き方を忘れました。」

競艇選手時代は、風向きと潮の流れとエンジンの調子を同時に読む頭を使っていました。

それと英語の長文読解は、まったく別の頭でした。

数学の因数分解を見たとき、一瞬思いました。

「これ、何に使うんやっけ?」

使うとか使わないとかじゃなくて、試験に出るんです。わかってます。わかってるけど。

 

◆ 図書館に通い始めた

やるしかないので、図書館に通い始めました。

高校生や大学生に混じって、20代の元競艇選手が参考書を広げる。

なかなかシュールな光景だったと思います。

最初は1時間も集中が続きませんでした。

体を動かすことには自信があったのに、机に座り続けることがこんなに辛いとは。

「俺、体力はあるのに、なんで椅子に座れないんだろ」

そう思いながら、それでも毎日通いました。

 

◆ そして、入試当日

筆記試験と面接がありました。

試験会場に入ったとき、手が少し震えていました。

レース前の緊張とは、また違う種類の緊張。

あのときは「体」が震えていた。
このときは「頭」が震えていた。

問題用紙が配られた瞬間、目をつぶって一回だけ深呼吸しました。

競艇のスタートで、いつもそうしていたように。

 

◆ 合格通知が届いた日

結果は、郵送で届きました。

封筒を手に取ったとき、開けるのが怖くて、しばらく机の上に置いていました。

5分くらい経って、やっと開けました。

「合格」

その二文字を見たとき、ガッツポーズとか、叫ぶとかじゃなくて——

ただ、ほっとして、椅子に座り込みました。

スタートラインに、立てた。

そんな気持ちでした。

次回は、専門学校に入ってからの話。

カタカナの嵐と、実習の地獄と、それでも続けられた理由を書きます。

お楽しみに!🚤