前回、なんとか専門学校に合格した話を書きました。
今回は、入学してからの話。
一言で言います。
想像の3倍、大変でした。
◆ 初日から洗礼を受けた
入学式が終わって、最初の授業。
黒板に書かれた文字を見た瞬間、隣の席の同級生と目が合いました。
お互い、何も言わずに笑いました。
「解剖学・生理学・運動学・病理学・内科学・外科学・神経内科学……」
初日から科目の多さに圧倒されました。
「俺、本当にここにいていいのか?」
そう思いながら、とりあえずノートを開きました。
◆ カタカナの嵐、始まる
授業が進むにつれて、カタカナが増えていきました。
大腿四頭筋、僧帽筋、長母趾伸筋、腓腹筋、棘上筋——
覚えても覚えても、次から次へと出てくる。
人間の筋肉の数、知ってますか?
600以上あります。
600以上。
競艇のボートは部品が多くても全部名前を覚えられたのに、人体の部品の多さは次元が違いました。
テスト前夜、参考書を前にして何度思ったか。
「人間、筋肉多すぎる。」
◆ 同級生に救われた
しんどかったけど、救われたのは同級生の存在でした。
同じように苦しんでいる仲間がいると、不思議と頑張れる。
「ねぇ、腓腹筋って書ける?」
「書けない」
「俺も…」
そんな会話をしながら、一緒に覚えていきました。
競艇選手時代は基本的に個人競技でしたから、
こうやって誰かと一緒に同じ目標に向かう感覚が、新鮮で、温かかった。
◆ 実習が、一番きつかった
授業より何より、きつかったのが臨床実習でした。
実際の病院に行って、患者さんのリハビリに関わる実習です。
初めて患者さんの前に立ったとき、足が震えました。
レース前の緊張とはまた違う。
相手は、タイムでも順位でもなく、生身の人間です。
「この人の体に触れていいのか、俺に何ができるのか」
プレッシャーで、夜も眠れない日が続きました。
指導してくれる先生は厳しくて、毎日フィードバックをもらうたびに、自分の未熟さを思い知らされました。
正直、何度か「もう無理かもしれない」と思いました。
◆ それでも続けられた理由
きつい夜、ふと思い出すのはやっぱり、あの先生の顔でした。
入院中に毎日来てくれた、あの理学療法士の先生。
疲れた顔一つ見せず、「また動けるようになりますよ」と言ってくれた人。
あの人も、こんな実習をくぐり抜けてきたんだ。
そう思ったら、もう少しだけ頑張れました。
「なりたい自分の像」が具体的にあることは、本当に強い。
これは今、理学療法士として患者さんに向き合うときにも、思うことです。
◆ 3年間、終わりました
あっという間だったような、とてつもなく長かったような。
気づけば3年が経っていました。
最後の実習を終えた日、帰り道に空を見上げたら、夕焼けがきれいでした。
「やりきったな」
そう思いました。
あとは国家試験だけ。
次回、いよいよ最終章です。🚤