こんにちは~爆  笑
キネシオロジスト☆Taka☆ですドキドキ
 
 

 

 

日本人が得意な察する能力

きっと繊細な日本人だからこそ
できることなのかもしれない


それとご両親との関係性で
察することを自然と

身に付けてしまった人は少なくない

そうできないと不機嫌になられたり
怒られたことがある経験から

もちろん私も随分とそれをやってきたし
察することができない人間は
ダメだとされる社会だったから


でも察するって使い方間違えると
人間関係が拗れることも多い



家族とか長年の付き合いで
空気のようにわかり合った者同士が
自然とそうなっていくもので

意識してやるものなのかどうか?
むしろその弊害の方が大きくない?

 

察するができるとかできないの前に

コミュニケーション力の問題じゃないのかなって


例えば仕事に於いて
複数人でやりとげることが
求められるのに察するって?

そんなのちゃんと言葉を遣って
話した方が早くて確実かなと


夫婦のような近い関係でさえ

それが原因で拗れたりするのにね…

察するの弊害で
誰もが経験あると思う

かえって二度手間になったり
勘違いしていたり
勝手に思い込んでいたり



長年いる人との仲でも不確実なことを
社会の中に持ち出してしまっては…

さらにそんなこと人に求めていたら
どんだけ効率が悪いのかな


察するのを当たり前とせずに
察することで成り立つ関係性の方が
特別だと思えば


もっと人間関係も円滑になるのでは?

コミュニケーションって
そういうことでしょ?

 

 

 

 

その方がお互いラクだしね

ラクなものは使わないと損でしょ~

 

宇宙人じゃないんだから

テレパシーなんて高度な技術は使えないし

 

そもそも察っしたことが

どれだけの的中率なのかは誰にもわからない

 

確認のしようがないからね~(笑)


理解しない相手を責める前に
そもそも自分のコミュニケーション力を
見直す必要があるのかもしれない



人は変えられないから
自分が変わる方が早くて確実

そうすることで
自然と人が変わるんだよね


人を変えようとすればするほど
人は頑なになっていく


それは子育ても同じことだから

 

特に親子関係ではありがちだし

子どもが親の顔色を伺うのもそうだから


とにかく自分自身に目を向けること

あらゆる人間関係の問題は
そのことを教えてくれているから


“こたえはいつもそばにある
それはあなた自身の中に”

 

 

 

 

 

今日も
ゆる〜っとラク〜に楽しく照れラブラブ

 

 

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