こんにちは~爆  笑
キネシオロジスト☆Taka☆ですドキドキ
 
 

 

 

 

~したい
~してほしい


近しい人間関係において
何となく使っている言葉

この違いって何なのかわかる?



自分が主軸なのか
他人が主軸なのか


どちらも欲求ではあるけど


~したいは
自己中心的に聞こえるけど
これだけならとても成長が見込める視点

自分の気持ちそのものだから


~してほしいは
主張してない感じがするけど
相手に求めてるからこれが続くと重たくなるし
人間関係においてトラブルが起きやすい


この言葉の何が重要かって
~したいの目線で生きているのか
~してほしいの目線で生きているのか

これによって
人生が大きく変わるってこと

 

 




~したいは
自分目線だから
自分がどうしたいのか
自分がどうなりたいのか

相手の答えは関係なくて

子どもがお店で駄々こねてるのがコレ
子どもってこの視点で生きてるからわかりやすい

そしてどんどん吸収して学んでいける
なぜかって自分の~したいが基準だから

通ることと通らないことで純粋に判断して生きてる

自分の軸がしっかりしてるから
自分の意思を伝えた上で

自分のやりたいことが明確で
その為に必要な人も
はっきりしていて

本当の自分で生きているから
夢や願いも叶いやすい



~してほしい
これって自分目線のようで実は他人目線だから
他人が応えてくれるのかによって
自分が左右されるし振り回される

自己中心的でなさそうだけど
相手に依存している


どちらの目線で生きているのかで

自分で人生の舵を取っているのか
他人に舵を取らせているのか


大きく違ってくるから


子どもはもともと
~したいの生き物

 

でも親は
~してほしい
~してあげたい

の視点になりがちだから

親が子どもに
この視点で関わっていると

実はここから依存関係が生まれてしまう



子どもが成長する過程で
この親の視点が当たり前になると

お互い居心地がよかったりする半面

依存している分
相手次第っていうこともあって

自分で決められない
自分のすることに自信が持てない
そして不安になる


っていうことが無意識に起きてしまう



場合によっては
お互いに苦しくなって

お互いの違いを認められなかったり
相手がしてくれないことに腹を立てたり


また相手も
自分のせいでって自分を責めたり
期待に応えられなかったことで自信をなくしたり
責められることで腹が立ったり



基本は自分がどうしたいのかが大事で
お互いにここを認め合えると

本当の信頼関係が築けるから

自分はこうしたい
相手はああしたい
じゃあこうしようとかああしてみよう

この過程が人生の楽しみであるし
楽しさでもあるから

 

 




自分が子どもの頃を思い出してみて…

子どもの頃お友達と遊んでいて
自分はああしたいな
相手はこうしたいんだな
じゃあこうしてみる?とかああしようって

お互いのやりたいことを認め合うことができて
そして純粋にそれを楽しめたから

相手を否定することもなく
相手を変えることもなく


どちらも満足して楽しめる方法を何とか考えて実現して
そこに相手への気遣いとか思いやりが自然と生まれて


じゃあ私はこれでいいよとか
自分はこうするねとか


逆にあなたはこうしてとかああしてって
~してほしいが増えてくると
だんだん面白くなくなってきて

一緒にいることが苦痛になるけど
一緒にいるしかない家庭とか会社とかだと

~したいを我慢するしかなくて
自分の気持ちや主張は通らないって諦めるしかなくて

そうやって本当の自分がわからなくなってしまうから



"私は自分がしたいことと同じくらい
あなたがしたいことも尊重できるから
本当の自分を取り戻して一緒に人生を楽しみたい"

 

 

 

 

今日も
ゆる〜っとラク〜に楽しく照れラブラブ

 

 

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