病院にお見舞いに行くため
あるスーパーでイチゴを買った
しかし、
病院で皆ですぐに食べたいので
「イチゴを洗ってもらえないだろうか?」
と恐る恐る頼んだという
係りの女性は、快くそれを引き受け
イチゴのヘタをとり、丁寧に袋に入れてくれた
病院で皆で食べようと袋を開けたところ
袋の中には、頼んだわけでもないのに
人数分の爪楊枝(つまようじ)が入っていた
イチゴを洗ってくれるスーパーも無いと思うが
何気ない会話の中から
食べる人は全部で5人だと知った係りの女性が
気を利かせて爪楊枝を入れたのだ
たった、5本の爪楊枝とイチゴを洗う、.
ということだけで
このスーパーは有名になった
☆☆
『松岡さんの講演』より
無上意のサービス…
人は大それた行為や
金のかかった大きな仕掛けに
感動し、感激するのではない
ほんの小さな心遣い
さりげない思いやり
温かな無償の行為に感動する
人の不思議なところは
難しい数学や物理の
公式を覚えている人を見ても
びっくりはするが、感動はしない
誰もが、少し努力すればできる
笑顔や、思いやりや、気遣いを
「ここまでやるか」と見せられたとき
感動し、感激する
気配りや気遣いには特殊な能力もいらないし
学校の成績も必要ない
利害、損得を考えず、「人の喜びのために」と、
ただひたすら動く人と出会ったとき、涙する
「人を感動させてやろう」、「涙を流させてやろう」と、
思ったとき、そこには偽りの、クサさが出てくる
クサイ演技やクサイ芝居になってしまう
無上意とは、人からにじみ出る
本当の、優しさや、温かみという人間味
毎日のちょっとした
温かな無償の行為の積み重ねが、人の魂を磨く
そして、それが
無上意につながる

無上意
人から
にじみでる
ものをいう
cosmo