「飛灰中の重金属の固定化方法及び重金属固定化処理剤」事件
① 東京地判平成22年11月18日・平成19年(ワ)第507号特許権侵害差止等請求事件(民事事件第一審判決」)
② 知財高判平成23年12月22日・平成22年(ネ)第10091号特許権侵害差止等請求事件(民事事件控訴審判決)
③ 知財高判平成23年12月22日・平成22年(行ケ)第10097号審決取消請求事件(行事件第1事件判決)
① 知財高判平成23年12月22日・平成22年(行ケ)第10311号審決取消請求事件(行政事件第2事件判決)
4 本件発明と第1引用例との相違点の容易想到性についての各判決の判断の検討
(1) 対象発明の構成が主引用発明の構成と相違する類型と進歩性の条件
ア 進歩性の有無が問題となっている発明(以下「対象発明」という。)の構成と主引用発明の構成とが異なる態様は、対象発明の構成の構成要素とこれに対応する主引用発明の構成の構成要素との対応関係で区分すると、下記の各類型になる。
① 要件置換加型
対象発明の構成がa+b+c+dであるときに主引用発明の構成がa+p+c+dである態様。つまり、主引用発明が対象発明の構成要素bに対応する構成要素pを有する態様。
② 要件付加型
対象発明の構成がa+b+c+dであるときに主引用発明の構成がa+c+dである態様。つまり、主引用発明が対象発明が有している構成要素bを有していない態様。
③ 要件限定型
対象発明の構成がa+b+c+dであるときに主引用発明の構成がa+B+c+dである態様。すなわち、対象発明の有している構成要素bが主引用発明の構成要素Bよりも限定された構成要素である態様。
対象発明の構成の構成要素と主引用発明の構成の構成要素との対応関係を指標として対象発明の構成が主引用発明の構成と異なる態様を上記のとおりに類型化するのは、対象発明の構成が主引用発明の構成と異なる態様の違いによって、主引用発明において、主引用発明の構成のうちの対象発明の構成と相違する部分(以下「相違点に係る主引用発明の構成」という。)を、対象発明の構成のうちの主引用発明の構成と相違する部分(以下「相違点に係る対象発明の構成」という。)に変更することを着想する着想する契機(動機付け)の有無や態様が異なるからである。
イ すなわち、主引用発明との関係において「要件限定型」ある対象発明については、「相違点に係る対象発明の構成」bが「相違点に係る主引用発明の構成」Bを対象発明を実施する具体的状況に応じて最適化させたものであるならば、当該「相違点に係る対象発明の構成」は「設計事項」であるとして、「相違点に係る対象発明の構成」と同一の構成(以下「相違点に係る副引用発明の構成」という。)を有する副引用発明が存在しなくても、当該「相違点に係る対象発明の構成」bは「相違点に係る主引用発明の構成」Bに基づいて容易に想到することができとして、「要件限定型」である対象発明の進歩性が否定される。
ところが、「要件置換型」である対象発明と「要件付加型」である対象発明については、「相違点に係る対象発明の構成」と同一の構成を有する副引用発明が存在しなければ、「相違点に係る対象発明の構成」を容易に易想到することができるとはいえず、対象発明の進歩性が肯定される。
しかし、「相違点に係る副引用発明の構成」を有する副引用発明が存在しても、「相違点に係る主引用発明の構成」に「相違点に係る副引用発明の構成」を適用して、主引用発明において「相違点に係る主引用発明の構成」を「相違点に係る対象発明の構成」に変更することを当業者が着想する契機(動機付け)がなければ、「相違点に係る対象発明の構成」を容易に想到することができるとはいえず、対象発明の進歩性が肯定される。
そして、主引用発明において「相違点に係る主引用発明の構成」を「相違点に係る対象発明の構成」に変更することを当業者が着想する契機(動機づけ)があるかどうかは、①「相違点に係る主引用発明の構成」と「相違点に係る副引用発明の構成」とに課題の共通性があるか、②両者に作用・機能の共通性があるか、それとも、③引用発明中に「相違点に係る主引用発明の構成」に「相違点に係る副引用発明の構成」を適用することができる旨の示唆があるかどうかによって決定される。
したがって、主引用発明との関係において「要件置換型」である対象発明については、「相違点に係る主引用発明の構成」pの課題と「相違点に係る副引用発明の構成」bの課題とをそれぞれ認定し、両者に共通性があれば、「相違点に係る主引用発明の構成」pに「相違点に係る副引用発明の構成」bを適用して「相違点に係る主引用発明の構成」pを「相違点に係る対象発明の構成」bに変更(=要件の置換)することを着想する契機があるから、「相違点に係る対象発明の構成」bは容易想到であるとして対象発明の進歩性は否定される。
これに対して、主引用発明との関係において「要件付加型」である対象発明については、主引用発明は「相違点に係る対象発明の構成」bに対応する構成要素を有しないから、存在しない「相違点に係る主引用発明の構成」と「相違点に係る副引用発明の構成」bとに課題の共通性があることを観念する余地はない。また、存在しない「相違点に係る主引用発明の構成」と「相違点に係る副引用発明の構成」bとに作用・機能の共通性があることを観念する余地もない。したがって、存在しない「相違点に係る主引用発明の構成」に「相違点に係る副引用発明の構成」bを適用して「相違点に係る主引用発明の構成」を「相違点に係る対象発明の構成」bに変更(=要件の付加)することを着想する契機がない。したがって、「要件付加型」である対象発明について容易想到性が肯定されて進歩性を否定することができるのは、①「相違点に係る副引用発明の構成」bの課題が主引用発明そのもののに内在する課題であるか、②主引用発明にとって当然の課題であると認められる等の特殊な場合に限られる。
ウ したがって、対象発明の進歩性の有無は、①対象発明の構成が主引用発明の構成と相違する態様が上記のいずれの類型であるのかを確定したうえで、②対象発明が主引用発明との関係において「要件置換型」か「要件付加型」かのいずれかの類型であるならば、「相違点に係る対象発明の構成」と同一の構成を有する副引用発明が存在するか否かを認定したうえで、③「相違点に係る対象発明の構成」と同一の構成を有する副引用発明が存在する場合には、「相違点に係る主引用発明の構成」と「相違点に係る副引用発明の構成」に「相違点に係る主引用発明の構成」を適用することを着想する契機(動機づけ)-課題の共通性等-があるかどうかをもって、判断される。
(2) 「相違点1」の容易想到性についての知財高裁4部判決の判断の検討
イ 知財高裁4部判決は、2(2)アにおいて述べたとおり、本件発明と第1引用発明との相違点として「相違点1」を認定する。知財高裁4部判決が認定する「相違点1」は、要するに、下記のとおりであるというものである。
本件発明の飛灰中の重金属固定化処理剤である「本件各化合物」は「本件各化合物」の骨格に環状アミンである「ピペラジン」が用いられている化合物(以下「ピペラジンとカルボジチオ酸との化合物」という。)であるのに対し、
第1引用発明の飛灰中の重金属の固定化に使用する金属捕集剤の成分である「本件ポリアミン誘導体」は「本件ポリアミン誘導体」の骨格に「エチレンジアミン」等の鎖状アミンが用いられている化合物(以下「エチレンジアミン等の鎖状アミンとカルボジチオ酸との化合物」という。)である。
以上によれば、本件発明の「ピペラジン」と第1引用発明の「エチレンジアミン」等の鎖状アミンとは、発明の構成上、対応関係にある。したがって、「相違点1」をもって本件発明の構成と第1引用発明との構成を対比すると、本件発明は第1引用発明との関係において「要件置換型」の発明である。
したがって、下記の①と②との各条件が充足される場合には、「相違点1に係る本件発明の構成」は容易想到であると判断され、そうでなければ「相違点1に係る本件発明の構成」は容易想到ではないと判断される。
① 「飛灰中の重金属固定化処理剤である化合物としてピペラジンとカルボジチオ酸との化合物」が副引用発明として存在すること(「相違点1に係る対象発明の構成」と同一の構成を有する副引用発明が存在すること)。
② 下記の(a)と(b)とに、課題の共通性、あるいは作用・機能の共通性があること。
(a) 「エチレンジアミン等の鎖状アミンをポリアミン誘導体の骨格に用いる構成」(=相違点1に係る主引用発明の構成)
(b) 「ピペラジンをカルボジチオ酸との化合物の骨格に用いる構成」(=相違点1に係る副引用発明の構成)
イ ところが、知財高裁4部判決は、①「飛灰中の重金属固定化処置剤である化合物としてピペラジンとカルボジチオ酸との化合物」が副引用発明として存在することについての認定をしてはいないし、また、②「相違点1に係る対象発明の構成」と「相違点1に係る副引用発明の構成」とに課題の共通性や、作用・機能の共通性があるとの認定もすることなく、「相違点1」は容易想到ではないと結論づけている。
すなわち、知財高裁4部判決が「相違点1」の容易想到性を否定する理由(=3(1)イ①「相違点1の構成1について」を参照。)は、下記のとおりのものでしかない。
① 「第1引用例には「ピペラジン」(環状アミン)を骨格とする本件各化合物が有する飛灰中の重金属固定化能については何ら具体的な記載がないから、本件各化合物の有する飛灰中の重金属固定化能は不明であり」、
② 「ピペラジンは、本件ポリエチレンイミン誘導体との混合物として使用することにより重金属固定化能が十分になる物質の例として記載されているに留まる」から、
③ 「第1引用例には、飛灰中の重金属固定化処理剤として本件発明の相違点に係る構成を採用すること(本件各化合物を選択すること)についての記載も、示唆もなく、その動機付けもなく」、「相違点1」は容易に想到することができない。
知財高裁4部判決が「相違点1」の容易想到性を否定する理由とする上記①と②とは、本件引用例には「ピペラジン」を「ポリアミン誘導体」の骨格である「ポリアミン」として用いることは記載されていないということであるから、これは本件発明と第1引用発明とには知財高裁4部判決が認定する「相違点1」が存在するというだけであって、「相違点1に係る対象発明の構成」と同一の構成を有する副引用発明は存在しないと認定・判断しているのでもなければ、当該副引用発明が存在すると認定したうえで、「エチレンジアミン等の鎖状アミンをポリアミン誘導体の骨格に用いる構成」(=相違点1に係る第1引用発明の構成)と「ピペラジンをカルボジチオ酸との化合物の骨格に用いる構成」(=相違点1に係る副引用発明の構成)とに、課題の共通性や、作用・機能の共通性がないと認定・判断しているものでもない。そして、上記③は「相違点1」をもって本件発明は第1引用発明との関係において「要件限定型」の発明であるとの理解を前提として、第1引用例には第1引用発明に「本件ポリアミン誘導体」の骨格として用いることができる物質として記載されている30種の化合物から「ピペラジン」を選択して「相違点に係る第1引用発明の構成」を「相違点1に係る本件発明の構成」に限定することについての記載やは示唆がないから、「相違点1」は容易に想到することはできないというものであるから、上記③をもって「相違点1」の容易想到性を否定する知財高裁4部判決の判断は本件発明が第1引用発明との関係において「要件限定型」の発明であるとの理解を前提とする点でそもそも誤っている(知財高裁4部判決は第1引用例の記載からは「本件ポリアミン誘導体」の骨格に「ピペラジン」を用いることができるとは認定できないことを理由として「相違点1」を本件発明と第1引用発明と認定しているのであるから、「ピペラジン」と「カルボジチオ酸」との化合物である「本件各化合物」は本件ポリアミン誘導体」の下位概念に限定されたものであると解することはできない。そもそも、「ポリアミン」とは「ポリアミン」はアミノ基-NH2を2つあるいは3つもつ直鎖脂肪炭化水素の)総称であって、環状アミンである「ピペラジン」は「ポリアミン」には含まれていないというのが「ポリアミン」の一般的理解であるから、この一般的理解によれば、「ピペラジン」は「ポリアミン」の下位概念でなく、したがって、「ピペラジン」と「カルボジチオ酸」との化合物である本件発明は、第1引用発明とは「要件限定型」の関係にはない。)。
したがって、知財高裁4部判決が上記①ないし③をもって「相違点1」の容易想到性を否定する結論に至るプロセスやその判断手法は、不適切である。
その原因は、知財高裁4部判決には、対象発明の構成が主引用発明の構成と相違する態様の違い(類型)によって、主引用発明において「相違点に係る主引用発明の構成」を「相違点に係る対象発明の構成」に変更することを着想する着想する契機(動機付け)の有無や態様が異なることについての問題意識が希薄であるからではないか、と思われる。
知財高裁4部判決が「相違点2」の容易想到性を阻害要因」に求めているのも、上記のとおりの問題意識が希薄であるからである、と思われる。
ウ なお、知財高裁4部判決が認定する「相違点1」の容易想到性についていえば、それは下記の理由により容易想到ではないと考えられる。
すなわち、「相違点1」が容易想到であるということができるためには、まず、「飛灰中の重金属固定化処理剤である化合物としてピペラジンとカルボジチオ酸との化合物」が副引用発明として存在すること(「相違点1に係る対象発明の構成」と同一の構成を有する副引用発明が存在すること)を要する。
しかし、知財高裁4部判決が認定する事実によれば、かかる副引用発明が存在することを認めることはできない。
すなわち、知財高裁4部判決は、第1引用発明の認定を行うにあたって、「本件優先権主張日当時の本件各化合物に関する技術常識」について言及し、民事事件控訴審事件や行政事件第1事件に証拠として提出された各刊行物の記載をもって「本件各化合物を飛灰中の重金属固定化処理剤として使用できることが本件優先権主張日当時の技術常識であったと認めるに足りない」として、「相違点1は実質的な相違点であるというべきである。」と判示している。これによれば、「本件各化合物を飛灰中の重金属固定化処理剤として使用できることが技術常識であったと認めるに足りない」というのであるから、それは「飛灰中の重金属固定化処理剤である化合物としてピペラジンとカルボジチオ酸との化合物」は副引用発明として存在していると認めるに足りないことに他ならない。
そうすると、「相違点1に係る対象発明の構成」と同一の構成を有する副引用発明が存在していないから、「エチレンジアミン等の鎖状アミンをポリアミン誘導体の骨格に用いる構成」(=相違点1に係る対象発明の構成)「ピペラジンをカルボジチオ酸との化合物の骨格に用いる構成」(=相違点1に係る副引用発明の構成)とに課題の共通性や作用・機能の共通性があるかどうかを問題とするまでもなく、「相違点1」の容易想到性は否定される。